▼011








 
 
 
 二日後。
 予想外の出来事にクルーガーを含めた臣下はかなりドタバタとして準備していたようだったが、焦りとは裏腹に出航までには全てが整ってしまい、俺達はとうとう船に乗ることになってしまった。
 田舎みたいな国なのに食糧も設備もかなりの物が揃っているらしく、船の修繕や燃料の補給なども俺が一晩寝ている内に終わっていたらしい。腕のいい職人がいるのは結構だが、正直ミスでもして船体を傷つけて、出航出来ないようにして欲しかった。
 どうしたって困るのは自分だが、皇帝に一矢報いる事もできないまま奴隷確定で船によるよりかはマシだ。そのために帰還が伸びたとしても、俺は一向に構わなかった。
 今は帰れない憂鬱よりも、クソ皇帝にこき使われる憂鬱の方が上だからな!
「はあ……憂鬱だ……」
 船停壁に上る螺旋階段の前で、溜息が出る。
 そんな俺を覗き込んで、クルーガーは精一杯と言ったような顔で笑った。
「アキラさん、大丈夫ですよ。陛下も人でなしではありません、皇帝として客人はそれなりに扱ってくださるはずです。だから、心配しなくていいんですよ」
 二日前までは俺に泣きついてたというのに、今隣にいるクルーガーは何故だか頼もしげに微笑んでいる。そう見えるのは、俺の立場が弱くなってしまったからなのか、それともクルーガーが俺を助ける事に使命を燃やしてくれているからなのか。
 何であれ、今の俺にはクルーガーしか頼れる人間が居なかった。
 クルーガー以外の乗組員は全員皇帝の意のままだし、心酔しきっている奴は俺を攻撃してきたりするだろう。逃げ場のない船では、俺は家畜のブタも同然。
 クルーガーがいてくれなきゃ、安心して眠る事もできない。
 あのクソ皇帝が近くにいて命令を出す限り、俺はクルーガーの側で震えてなきゃならないんだ。
 心配しなくていいと言ってくれても、そう考えると不安は募りまくって消えてくれなかった。
「ごめんクルーガー、余計落ち込む」
「う……そ、そうですよね…………。で、でも大丈夫です! 俺が守ります! 今度こそキチンとフォローして見せますから!」
「うう……クルーガー……そう言ってくれるのはあんただけや……」
 何かもう自分の立ち位置が情けなさ過ぎて泣けてきた。
 変な小芝居をしながらクルーガーと互いを慰めあっていると、上から声が降ってきた。
「おーい! 何してんだ、さっさと乗れー!」
 見知らぬ声がした方を見ると、壁の頂上でこちらに手を振る乗組員らしき人間が居る。
 行きたくなかったが、これ以上ここにいると皇帝と鉢合わせしそうなので俺は仕方なくクルーガーと階段を上った。
 段を上がっていくたびに地面が遠くなっていき、街が小さくなっていく。
 壁の上に上がる頃には、今まで見ていた景色は掌に乗るくらいの小ささになってしまっていた。
「うわ……高いな」
「船の甲板と同じ高さですからね。ちょっと怖いですけど、いい眺めでしょう?」
 いわれて見ると、城から見る景色よりもこちらのほうが色々見えて楽しい気がする。城からは街の様子があまりよく見えなかったが、ここからなら商店街の様子や港で仕事をしている人たちの様子が窺えた。城より低い場所だが、俺はこっちの方が好きかも知れない。
 まあ、だからと言って船も好きとは言いたくないのだが。
 壁から落ちないようにと付けられている手摺から少し身を乗り出して港を眺めていると、さっき俺達を呼んだ声がまた聞こえる。
 声のした方を向くと、船にかけられたタラップの横に屈強な男がいた。
「おーうクルーガー様と御客人、ささっと船に乗っちくれや。あともうちょっとで船長も来なさるからよ、二人とも甲板で待っといてくれ」
「解りましたー」
 変な言葉遣いの男は、それだけ言うとさっさと船に乗り込んでしまった。
「……船員って全員ああいうの?」
 己を過信していたわけじゃないが、あんな体格でなければ勤まらない仕事なら、碇上げどころか他の仕事も満足にこなせなさそうだ。別に仕事を出来ない事に関しては悔しくもなんともないのだが、それをあのクソ皇帝にねちねち言われるのが嫌でたまらない。
 無意識に眉を顰めながらクルーガーを見ると、相手は俺の考えている事を理解したようで苦笑した。
「大丈夫ですよ。陛下はああいう方ですがアキラさんを本当にこき使ったりはしません。……うーん、まあ、ちょっとは使うかもしれませんが、とりあえず大丈夫です!」
「おいそれ大丈夫に聞こえないんですけど」
 でもまあ、突っ立ってても仕方ない。
 不安定なタラップを慎重に歩いて、俺は巨大戦艦へと足を踏み入れ……ってタラップ怖い!!
 高い高い! 高すぎる!! しかも不安定すぎて怖いって! これじゃ他界する!!
 畜生高所恐怖症の気は無いのに、こうも不安定だとちびりそうになるぞ!
「おおおお前らいつもこんな所通ってんのか!」
「ええ、意外と丈夫ですよ、つり橋みたいなものです」
「衝撃吸収できそうにも無い構造しといてつり橋と一緒の効果を謳うな!」
 この二十センチ定規で厚さを測るのも事足りそうな板一つで、つり橋と張り合おうとはおこがましい。絶対この揺れは高所の風に揺れてるか、必死に耐えているかのどっちかだ。
 こりゃあ多分近い内にバキっといくな、バキッと。
 早くも出航に不安が出始めたが、後ろにはクルーガーもいちゃってるし、もう逃げられない。
 腹決めて色々覚悟するしか無いか。
 船のヘリに足をつけてジャンプするように下りると、俺は甲板を見渡してみた。
「……へー…………甲板は……なんだろ、なんか、中途半端中世風?」
 甲板の上は木製の床で、小型砲台なんかも中世の手動のそれ。だけどマストの柱は鉄か何かで出来ていて、そこだけが異様な出で立ちだった。でも、マストは布製で手動で上げ下げするっぽい。
 忙しなく動いている野郎共も、みな漫画に出てくるような海賊そのまんまの姿だ。
 つくづく思うが、この世界って変な世界だな……。
「この船は我がゴナーヴェ皇国に代々受け継がれる戦闘型巨大帆船でして……まあ代々ですのでちょこちょこ改造とかしてあるのですが、とても凄い船ですよ。今まで何度も戦いを行ってきましたが、味方から見ても恐ろしいほど強固な船で、沈んだ事は一度も有りません」
「へえ…………流石は皇帝様の乗る船ってことか……」
「ええ、装備も大砲の数も半端じゃないですよ。ですから安心してください」
 いや、ってことは、少なくともこの航海で戦う可能性があるかもしれないって事だよな?
 安心するどころか余計に不安が増してきたんだけどこれ。どうしよう。
 しかしやっぱりそんな事をクルーガーに言う気にはなれず、俺は少々顔を青くしながらも笑って船の説明を聞き流した。駄目だ、平和な国にいたせいか、戦争関係の単語を聴いただけで気が遠くなる。
 しょうがないことだが、やっぱり一般人としては怖いとしか言い様が無い。
 もしかしたら明日大砲の音を聞くかもしれないのだ。ヘタしたら心臓止まるぞおい。
 空も顔負けに顔を染めて嫌な想像をしていると、通りがかった若い船員が俺の肩を叩いた。
「おう兄ちゃん、陛下が来なすったぞ。きちーっとしとれ、きちーっと」
 どこの方言だとツッコミたかったが、人の良さそうな船員には言うのが躊躇われて、俺は素直に頷くしかなかった。きちーっとというのが良く解らないが、しゃきっとしていろという意味だろう。多分。
(それにしても、何でこの船員達の喋り方って方言くさいんだろう……)
 方言は面白いので好きだが、ここで使われるとなんだか変な気分になる。
 異世界でも方言ってこういうもんなんだろうか。
「整列!! 迎礼用ー意!!」
 どこかから低く大きな声が響いたかと思うと、タラップが取り外されて、すぐさま代わりの物凄く豪華なタラップが取り付けられた。驚く暇も無く、そのタラップの端に合わせる様にして、船員全員が左右に並んでいく。もしかして、これ、アイツの出迎えなんだろうか。
「アキラさん、私達も並びましょう。」
「あ、ああ」
 まあ一応乗せて貰っているという体だから、嫌でも出迎えはすべきか。
 しなかったら後で船員一同に教育的指導を食らうかも知れんし。
「……にしても、コレ、毎回やるの?」
「ええ、一応儀式的なものを兼ねてるので。この世界では、英雄や戦争で常勝している人が乗る船は絶対に沈まないと信じられています。だから、そのような人はこのように出迎えられて手厚く扱われるのです。……まあ、陛下の場合船長という肩書きや皇帝という階位も有るので、儀式というよりは儀礼といったほうがいいのでしょうが……」
「ふーん……そういうのもあるんだ」
 お偉いさんなのでこれが当然というわけか。なんだか面倒臭いなあ、皇帝ってのも。
 でも、なんか常勝の人が乗れば沈まないってのも、俺の世界にありそうなジンクスだな。現人神っていうか、そんな感じで讃えられているんだろうか。ま、確かにそんな人が乗ってればそうそう船も沈まないだろうって安心できるけどさ。
 などと考えていると、向こうからなんだか鐘の音が聞こえてきた。
 と、同時になんか小うるさいラッパのファンファーレが聞こえる。もしかしてこれが出港式か。
 どこでもこういうのは似たようなものなのだろうか。
(にしても帰港式から数日後で出港式って、国民もまたかよとか思いそうだな)
 こっそり出航すりゃいいのに、皇帝だとそういうことも出来ないのだろうか。
 もしやちょっとそこまでの用事で船を出す時も、こうして出港式をさせらているとか……。
 それはちょっと不憫かもしれない。
 初めて胡麻粒ほどの同情を皇帝に向けていると、視界の外から靴音が聞こえた。
 同時に船員達が背を伸ばして直立する。
 まるで軍隊のように一糸乱れぬ動きで不動を保った彼らを驚きの目で見ていると、タラップの前に皇帝がやって来た。服装は初めて会った時と変わらないが、今日の相手は少し威厳があるように見える。俺と口論していた時の相手とは全く違う顔つきだった。
(上手く化けるもんだな)
 この偉そうな野郎がさっきまで俺と口喧嘩していたバカだとは思えない。
 近づいて来る皇帝に、船員達は一斉に右手で左肩を叩くと思い切り水平に振り右胸にそのままの手でチョップした。……水平チョップ、いや、水兵チョップ……?
「我らが守護神であるバルドゥイーン皇帝陛下に再敬礼!」
 さっき聞こえた低くて太い声が叫ぶと、また船員達は揃って水平チョップをかます。もしかしてこれが敬礼とか言うのだろうか。そう見ればそう思えないでもないが、一瞬自分で自分の急所を攻撃しているように見えてやるせない。なんか間違ったアイーンにも思えてきた。もうちょっといい敬礼はないのかこの国は。
 そんな事を思っていると、皇帝はもう俺のすぐ傍にやってきていた。
「間抜け面ひっさげてゲロ吐いても、誰も助けちゃくれんぞ」
「お前こそ、ガキにいつまでもネチネチ突っかかってくるようじゃ皇帝としては三下だよな」
 バチバチと火花を散らす俺らに構わず、船員達はタラップを取り去るとすぐさま持ち場へと走り出した。鐘が一際大きくなり、船からは何処から出しているのか汽笛のような音が響く。
 錨を引く細かい揺れが体に伝わって、俺はとりあえず皇帝を無視して岸壁を見やった。
 船の汽笛が煩い中でも、国民はそれ以上の声で騒いで遠くから出航を見送っている。
 ゆっくりと岸壁が離れるたびにその歓声も小さくなり、汽笛は最後に小さい音を鳴らして港から離れたと合図を出した。同時に船員が甲板に集まって、メインマストに集合する。
「今日は運よく追い風です。このまま燃料維持の為に風力で進みましょう」
 隣にいたクルーガーが嬉しそうに髪を掻き上げながら言うと、皇帝はさっきまで意地悪ババアみたいな顔をしていたのにすっと訳知り顔に戻って鷹揚に頷いた。
「うむ、お前に任せる。ゲートまでは何も無いと思うが、それまではいつもどおりに指示してくれ」
「はい、承知しました」
 おお、こんなところだけ船長っぽい。
 素直に感心していると、クルーガーから離れた皇帝はまた俺を見て底意地の悪そうな笑みを浮かべた。
 うわあ、嫌な予感。
「さて……お前にも仕事をやる約束だったな」
「約束って言うか、権力を振りかざされた命令のような気がするんですけど」
「煩い。……ふっ、ふふふ……どんな仕事につけてやろうか……船倉の掃除イモ洗い甲板掃除汚物処理…………させてやる仕事は沢山あるからなあ?」
「…………」
 前言撤回、こいつは船長は船長でもフック船長だ。
 バカでムカツク始末に終えない船長!
「さあ、どの仕事がいい?」
「…………シネ、クソヤロウ」
 日本語でぼそりと呪いの言葉を呟きながら、俺は二度目の敗北を味わう予感を感じて真っ正面のバカ船長を睨み付けたのだった。













  
   





Back/Top/Next







後書的なもの
  
  アキラは大体この先五話くらいはこんな感じです。
  読者から見ても理不尽なまでに怒り狂います
  どうしようもないです。破壊神です。
  決して作者の手腕がどうとか思ってはいけません。


2010/10/19...       

inserted by FC2 system