「積荷には土のものはありませんか?」
 相手の驚いた顔に焦ったのか、クルーガーは慌てながら訊くが、皇帝はまた苦虫を噛み潰したような顔をして髪をがしがしと掻き回す。
「ある訳なかろう、俺が行って来たのは木の世界だ。クソッ……マイセナイから取り寄せる事も今はできん…………きちんと確認したのか?」
「はい、今朝確認したんですが、やはりキセノホーンだけ使い切ってしまっていました」
「ハァ……。帰ってくるなりどうしてこう災難がついて回るんだ……」
 なんか遠回しに攻撃された気がするが、アホに構っている余裕は無い。
 目の前のむかつく物体は無視しつつ、俺はクルーガーを見上げた。
「困ることでもあるのか?」
「ええ……別世界への門を開いたりするような大がかりで高度な氣導は、幾つかの属性の違うバイグを使って行われるものなのですが……こういう高度な術の場合、希少なバイグを使用することが多いんですよ。汎用なら店などですぐに買えますが、希少なバイグは自分達で採取するか、材料を発掘している国へと働きかけて手に入れるしかないんです」
 概要が掴めないのでよく解らないが、希少品は輸出規制がかかっているとかいう事なのだろうか。
 けど、自分で採取できるって言うのが良く解らない。規制がかけられるような物なら、勝手に採取なんて出来ないんじゃなかろうか。
 今一納得できなかったが、話の腰を折るまいと俺は話に乗った。
「じゃあ、そのキセノホーンってのを採ってる国に働きかければいいんじゃないのか?」
「それが、マイセナイは隣国のアイギストと戦争をしていまして……今は冷戦状態ですが、膠着がいつ解けるかも知れないのでマイセナイに依頼する事ができないんです。なにせ五年も戦争が続いているし、一般用の土のバイグさえ普通の店から消えてしまっている有様ですから……」
「なるほど……そりゃ困るわけだ」
 幾らなんでも戦争状態の国に物資を送れとは言えまい。
 しかしそうなると、帰る為の材料が揃わなくて俺が困る事になるのだが。
 思わず難しい顔をした俺に、何が言いたいのか解ったようにクルーガーは微笑む。
「安心してください、絶対に手に入らないという事は有りませんから」
「それならいいけど……」
 でも、話を聞けば聞くほどそれも難しいのでは無いかと思えてくる。
 もう一週間くらいの無断欠席は覚悟しているが、ここまで先が見えないと流石に不安になってくる。もしかしたら、一生ここで暮らさなければいけないかもしれないかも。
 いや、それだけは絶対に嫌だ。味覚がひん曲がる。
 娯楽も期待できない世界なんかで生きて行きたくない。
 何とかして絶対に帰らねば……。
 そう考えていると、今まで蚊帳の外に放り出していた皇帝がやにわに話しに突っ込んできた。
「面倒臭い。こんな奴、適当に布を巻いて海に放り出せば解決では無いか」
 またろくでもない事を言う。
「そうなった場合、投げられる直前まで俺はお前の悪口を大声で叫び続けて呪ってやる。お前と相思相愛の国民はどう思うかな」
「最高権力相手にお前もよくそこまで暴言が吐けるな!」
「不当な扱いに異議を申し立ててるだけだ」
「ああもうまたあ……」
 クルーガーには悪いが、言わずにはいられないのだ。
 同族嫌悪だとかそういう言葉が思い浮かぶが、これは多分高校生に言い包められるくらい程度の低い相手へのいらつきとかそう言うものだろう。この国はこんなんが王様で大丈夫なんだろうか。
 半ば呆れ始めた俺とは反対に苛々と指でテーブルを弾く皇帝は、大仰な溜息をついた。
「輸入もダメ、購入も難しい、探したとしても見つかるのは絶望的……。他人に任せるのも心許ない。……となると、自ら採取するしか方法があるまい。全く気は進まんが、出航するより道はなかろう」
 ふんぞり返って面倒だという姿勢をまざまざと俺に見せつける皇帝は、天井を見ながらまたでっかいでっかい溜息をぶちかました。
 言わんとしている事は解るが、なんか「仕方ないからやってやる」という態度が気に入らない。
 また怒りのゲージが溜まっていく俺を他所に、クルーガーは無邪気にも嬉しそうに顔を綻ばせた。ああ、本当に苦労性で純粋だなあ、この大人……。
「陛下っ、ではアキラさんの為にキセノホーンの採掘を?!」
「いい機会だと思っただけだ。土のバイグも武具も底をつきかけているからな。用事は一度に済ませるに限る。そいつはただのオマケだオマケ」
 言うことは一から十まで俺をムカつかせるが、俺が帰るための物資を取りに行ってくれるのなら怒りも抑えられるというものだ。相手だって早く俺がいなくなればいいと思っているのだから、嘘は付かないはず。寝首をかかれる可能性はまだ捨てきれないけど。
 まあでも、クルーガーが居てくれれば多分大丈夫だろう。
 やっと話が俺の思う通りに動いてくれたと安堵していると、二人はなにやら会話を変な方向へと持っていき始めた。
「では陛下自ら?」
「当たり前だ。俺が行かんで指揮は誰が執る。今回はお前も来い。俺達にはキセノホーンの埋まっている場所の判別が出来んからな。乗組員を減らしてそいつらに留守を任せるとしよう」
 となると、俺はここに残ってクルーガー達が帰って来るのを待つことになるのか。言葉は教えてもらったから不自由はしないだろうが、少し寂しいかもしれない。
(クルーガーが居なくなるのはちょっと不安だな……。でも、こいつが消えるなら大丈夫か)
「承知しました。では、出発はいつに……」
 クルーガーは楽しさ満面と言った様子で訊こうとしたが、皇帝は掌を差し出して言葉を遮った。
 なんだかよく解らないが、嫌な予感がする。
「その前に、もう一つ言っておくことがある」
「はい?」
 皇帝は鋭くこちらを見据えて、きょとんと首を傾げた臣下にびしっと指をさした。
 ……ように見えたのだが、その指は俺の考えとは違う方向を向いている。どこに向いているんだと脳内で指から点線を引いた終着点をみて、俺は顔を歪めた。
 どこって、俺じゃないか。
「こいつも連れて行く」
「はぁっ!?」
 思っても見ないどころか過去にも未来にも永劫考え付かないような頭のおかしい事を言われて、俺とクルーガーは同時に目を剥いた。
 おいおいちょっと待て、本当にこの皇帝頭が沸いてるんじゃないのか。
 俺達が間抜けな顔をして驚いているにも関わらず、それを気にもしていないのか皇帝は勝手に話を進めていく。解っちゃいたがなんつう皇帝だ。
「城内に留めて置いたら何をされるか解らん。大体こいつはおかしい。六界語をこうも巧みに操る事もそうだが、こいつは豪胆で愚か過ぎる。こんなものを野放しにしておいたら、帰ってきた時に城が破壊されているかもしれんだろう」
「そ、それはぁ……」
 前半は理解できるとしてその後半の内容は何だ。俺は爆弾じゃないぞ。
 しかもクルーガーはそれを否定できないのか口ごもってるし!
 おい、お前らなんか誤解してるだろ!
「幸いそいつはお前に懐いているようだし、お前がお守りをしていれば厄介は起こさんはずだ」
「人をガキ呼ばわりすんじゃねえ!」
「そう言われて怒る奴は、自分がガキだと認めている。お前の自論ではそういうことだったよな? ほう、お前はガキだったのか」
 う、反論できん。悔しいが、自分が言ったことを逆手に取られると返す言葉がない。
 思わず黙り込んだ俺を見て、相手はゆったりと座り直して足を組む。
 何をするのかと睨みつけていたら、舌戦(と言う程のものでもないが)でやっと勝利したのが嬉しいのか、皇帝は嫌味ににやりと笑って俺を見下してきた。
 くそ、この状態じゃ何を言い返してもガキで一蹴されて終わりだ。
 むかつくけど負けを認めるしか無い。
 無意識に歯軋りして威嚇する俺に、クルーガーは心配そうな表情を見せてから皇帝に向き直った。
「で、ですが……アキラさんには大変辛い航海になるのでは……。確かにアキラさんは豪胆で理知的な方ですが、陛下のような方ではありません。少年をあのような過酷な世界に立ち入らせるのは気が引けます」
「…………クルーガー……」
 呼んだ声が変に沈む。
 俺の身を案じてくれているのは解るのだが、何だか子ども扱いされている気がしてならない。そりゃクルーガーやあのアホ皇帝からみれば俺は子供なのだろうが、俺は高校生だ。もう子供扱いされるような歳じゃない。そうやって心配されると、何だか馬鹿にされているような気分に陥る。
 しかしクルーガーにそんなことは言えないしな、と渋い顔で相手の顔を見ていると、付け込み所を見つけたのか、皇帝はしたり顔で更に俺に追い討ちを掛けてきた。
「ああ、そうか。そいつはまだガキだったな! 碇の引き上げすらも出来ないような子供には、船旅など到底無理だものな。では仕方ないが、待っていて貰うしか無いか」
 言わせておけば……!
「ざけんなクソ皇帝! ふんぞり返ってるお前よりよっぽど役に立つわ!!」
「あっ、アキラさ」
「ほう? その棒っ切れの体が俺より役に立つと? 人の神経を逆なでするだけが能力だと思ったが余程自分を自分で買っているらしい」
「お前が自分の傲慢さに陶酔してるよりかはマシだと思うけどな!」
 言い返すが、相手は先程勝ったことで自信が付いているのか俺の言葉にびくともしない。
 それ所か、俺が激昂するのを逆手に取るように更に言葉を浴びせかけてきた。
「陶酔してても有能ならば民衆は満足だと思うがな? 暴言を撒き散らすだけの何も出来ん子供など誰も相手にせん。それを考えればガキより陶酔のほうがマシというものだ」
「だからガキじゃねえって言ってんだろ!」
「そうやって声を荒げるのがガキだと言ってるんだ!」
「だったらテメェもガキだろうが!!」
「あああ……アキラさん落ち着いてぇぇ」
 クルーガーが俺に抱きつくが、ヒートアップしてしまった俺にはもう自分をどうにも出来ない。
 腕から必死に乗り出しながら俺は皇帝に向かって吠えまくった。
「大体テメェが有能だって証拠はあんのかよ!」
「披露するほどでもないくらいそこかしこに転がっておるわ! まあ臆病風に吹かれて城に引きこもる田舎者には一生見る事が出来んだろうがな!」
「誰も引きこもるなんて言ってねえだろこの耳つんぼ!!」
「ほお! ならば俺と共に船に乗ると?!」
 にやりと皇帝が笑う。その顔が何かを企んでいる顔だと頭の隅では解っていたのに、俺はヒートアップしすぎていて、自分の口を制御する事が出来なかった。
「ああそうだ! 乗ってやるさ! 乗って、傲慢皇帝のテメェより有能だって証明してやらあ!!」
 と、大声で宣言した言葉に、一瞬間を置いて顔が強張る。
 自分が何を言ったのか解らなかったが、間を置いた事で頭が急激に醒めてきて、俺はようやく自分が何を言ってしまったのに気付いた。だが、気付いてももう遅い。
「あぁああぁ……」
「言ったな」
 絶望的な声が俺の上から聞こえる。
 対峙した皇帝からは、また勝ち誇ったような声が聞こえた。
「…………負けた」
 力が抜ける。
 クルーガーの腕に辛うじて抱きとめられてなんとか立っていたが、人生最大の失言に打ちのめされて言葉も出ない。何よりこんなクソ皇帝に負けたのが悔しくてたまらない。
 自分でも知らない内にクソ皇帝を睨みつけていたが、相手は勝利者の余裕で笑みを浮かべたままだ。それどころか、勢いに乗っていざ出航とばかりに勢い良く席を立った。
「そうと決まればさっそく準備だな。さて、クソガ……いやいや、御客人。俺は、船の上では客人でも乗組員とは差別せず平等に扱うことを信条としている。貴殿は子供では無いということなので、船上では大いに活躍して頂こう。そうだな……最初は碇上げでも頼むことにしよう。さて、これからが楽しみだな!」
 心底意地の悪い笑みを浮かべ、自国の紋章の前で大手を広げて皇帝は笑う。
 その人でなしな台詞と行動に、俺とクルーガーは力なく床に崩れた。
「へ、陛下ぁ〜」
「サイアク……」
 情けない声にも皇帝は笑うのをやめない。
 この調子じゃ、きっと船の上でも苛め抜かれるに違いない。何せ俺はこいつに逆らいまくった憎らしいガキだ。しかも相手は底意地の悪い傲慢皇帝、普通の船旅にはならないに決まっている。
 平和に帰れる日を待つつもりだったのに、これじゃいつ死んでもおかしくない。
(神様っているんじゃなかったっけ……)
 これじゃいないも同然だ。異世界の神は俺を見放してしまったらしい。
 ムカツク高笑いを聞きながら、俺は敗北を噛締めたのだった。














  
   





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後書的なもの
  
  主人公がうっかりしてこそ九十九島クオリティ
  ってワケでもないんですが、主人公が乗せられると
  個人的には萌えるんですがどうでしょう
  
  

2010/09/18...       

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