会議室は、今日泊まった屋敷とは違う場所にあった。
 あちらが宮殿っぽいなら、その会議室のある場所は正真正銘の西洋の城といった感じの建物。ドイツだとかイギリスだとかにありそうな、砦にも似た武骨な姿の城だった。
 うっかり屋根とか造っちゃったら吹っ飛ぶから造れなかったのだろうが、こういう城を見るとやはり帝国なんだなと変な納得を覚えてしまう。
「こ、ここが天守閣です。ここの二階に、か、か、会議室があるのです」
「緊張してんな、クルーガー」
 バスガイドのように掌を天に向けて案内する相手は、俺よりもガチガチに固まっている。
 流石にやばかろうと肩を叩くと、クルーガーははっとして勢い良く首を振った。
「だだだ大丈夫です! ほ、本当は誰よりも緊張していらっしゃるのはアキラさんなのに、おっ、おっ、俺が緊張しててはサポートも出来ないじゃないですかっ」
「……いや、サポートとかいいからじっとしてろって。な……。」
 なんか逆に緊張ほぐれてきちゃったよ。
 俺の緊張を吸い取ってしまったかのようにガチガチになったクルーガーを引っ張りながら、俺は解りにくい案内の元城へと侵入し二階へと向かった。
 内部もやっぱり石造りで、こちらは装飾の欠片もない。
 いや、それでも高価そうな造りになっているが、屋敷と比べれば雲泥の差だ。
(なんかこの城だけ見ると軍事国家っぽいな)
 そういえば扉も鉄っぽくてなんか重そうだし、取っ手なんて手枷みたいにでかくて厚みのあるノッカーのようだ。手が鉄臭くならないのだろうか。
「あああアキラさんんこっ、こちらですっ」
「うわ、またでっかい凄い鉄のドア」
 大物が集まる場所のドアというのは、必ず両開きで大きなドアじゃなければいけないというルールでもあるのだろうか。そのくらい、目の前に在る扉は大きかった。
 しかもその扉の両脇には、海から引き連れてきた漁師みたいな格好の兵士がいる。
 まあ島だし平和そうだしそれもアリかもしれないが、兵士の格好ぐらいきちんとならないものか。皇帝があれだから仕方の無い事なのか。
 失礼な事を考えている俺の思考など知らず、右の扉の漁師が無表情で口を開いた。
「クルーガー様、陛下がお待ちです」
「えっ、え、他の方はいらっしゃらないんですか?」
「はい、陛下のご命令で、クルーガー様と御客人のみをお通しするようにと」
「そ、そうですか……」
 この時点で俺もクルーガーも嫌な予感がしたが、突っ立っているわけにもいかず兵士が開いてくれたドアの向こうへと足を踏み入れるしか無かった。
 相手が大人数じゃなければやりやすい場合もあるけど、この場合は解らない。
 なんせ相手があの高慢皇帝だ。舐めてかかれば痛い目をみるだろう。
「行きましょう、アキラさん」
「おう」
(よっしゃ、気合い入れろ)
 軽く頬を叩いて意識を集中させると、俺はクルーガーと共に会議室の中へと入った。
 幾つも有る窓が全てカーテンで閉じられていて薄暗いが、昼間なので部屋の詳細は把握できる。とても広い部屋の中央に、大きなドーナツ型の円卓みたいなテーブルがあって、扉の対面の壁にはあの船の帆にも描いていた紋章のタペストリーがかけられていた。それ以外は質素なもので、調度品もなにも置かれてはいない。本格的に軍国っぽい感じだ。
「遅い」
 俺がきょろきょろと周りを観察していると、何かむかつく声が聞こえた。
 既に相手に嫌悪を感じているからか、第一声からして気に喰わない。
 どこだとタペストリーの下へ視線を移すと、社長椅子に偉そうにふんぞり返っている皇帝が居た。
 相変わらずセンスのブッ切れた服装で、肘掛に気だるげに腕を預けている。声以上に態度がむかつく野郎だなと思っていると、相手はこちらの返答を待たずに話し出した。
「では、聞かせてもらおうか。お前の世界の事を洗いざらい」
 やっぱりこっちの事など少しも考えてない。【皇帝】という仰々しい名を冠しているこのエセ美形優男は、王座に座っても冷静になる事は無く、俺をただの異世界の情報源としか認識してないのだ。
 この自信満々な顔は、絶対に俺への厚意なんか考えちゃいない。
 俺を喋れるサルくらいにしか思っていないんだろう。
 人の気持ちも考えないで自分の良いように事を進めようとしているんだ。
 最低にも程がある。
 今まで穏便に話を進めようとして怒るまいと努力していたが、もう限界だ。
 頭の中で、血管が切れた音がした。
「人を間違って召喚しておいて謝罪も無しとは、この国の最高責任者が聞いて呆れるな」
「……なんだと?」
 今の言葉が聞き捨てならなかったのか、皇帝は片眉を解り易く吊り上げる。それに気付いたクルーガーが、やばいという顔をして俺を見た。
 だが俺の口は止まらない。
「お前らの失敗実験に巻き込まれた被害者に対して、一言も謝らないでこんな最ッ低な待遇をするような人間が皇帝だってのが信じられないっつったんだ。お前の耳は鼓膜破けてんのか?」
「ちょちょちょアキラさん!?」
「何だと……?! この無礼者……」
 俺の暴言に乗ってきた相手は、余裕を忘れて席を立つ。そうして怒ること自体が大人としてどうかと言っているのに、こいつはまだ解っていないらしい。バカだな。
 嘲笑う俺の横でクルーガーが青い顔をし「やめて」と泣いているが、ここで退いてはどうにもならない。言ってしまった物はしかたないのだ。それに、もうこれはただの口喧嘩じゃなくなっている。
 皇帝を怒らせてしまったのだから、最早話し合いは出来ないだろう。これくらいの事で席を立つ相手なのだから、激昂してしまえばどうなるか解ったもんじゃない。
 だからここからどうにかして優位に立たないと、俺にはもう帰る手段が無い。
 暴言は、もう一か八かの勝負になっていた。
「無礼者はあんたの方だね! 話を聞いてりゃアンタ、俺の世界の情報を知りたいそうじゃないか。なのになんで俺がお前に謙らなきゃいけねーワケ? 俺、アンタの国の民じゃないんだけど? 勝手に呼ばれて勝手に質問されて勝手に答え強要されてさあ、何、俺っていつからアンタの配下になったわけ? この国に呼ばれたら全員その日からお前の奴隷なの? それとも俺は戦争も何もしてない国から拉致された捕虜ってワケ?」
「なっ……なにをバカな! 貴様っ、ふざけるのもいい加減に……!」
 バカな事を言ってるのは自分でも解っている。
 だがまだ止めない。これは軽いジャブだ。
「だからふざけてんのはお前だっつってんだよこの傲慢皇帝! アンタ、帝王学って知ってるか!? その中で謙虚さや深慮や“王としての振る舞い”は習わなかったのかよ! 客人や臣下に対してのぞんざいな扱いが何を生むか解ってねーなんて、皇帝失格だな!」
「ぐっ、いっ、言わせておけば……!!」
 顔が真っ赤になった相手は、何を思ったのか腰に挿した剣に手を掛けている。
 クルーガーが泡を吹きそうなくらい真っ青になっていたが、俺には好都合だ。それほど怒っているという事は、言われた事が少なからず当てはまると思っていると言うこと。
 皇帝もそこそこ自分の事が解っているらしい。
 なら、きっと今度の言葉で黙るはず。相手が、真に賢い皇帝なら。
 俺は勢いを崩さずにそのまま相手の言葉に乗っかった。
「はぁ? 俺がいつアンタに『言っていいですか』なんて訊いた? それより、怒る暇があったら俺の言ったこと考えてみる事だな! アンタが本当に皇帝なら、今の態度が間違いだって解るはずだ!」
「っ……」
「皇帝って……こんな事で怒って、すぐに人を斬るような人間に勤まるものなのか?」
 少し冷たい目であいての目をじっと見やると、皇帝は苦々しげな顔をして、柄から手を離した。
 クルーガーの盛大な安堵の溜息を隣で聞きこえる。
「…………お前のような無礼者は初めてだ!」
 声まで苦虫を噛み潰したような呻き声でいう相手に、俺は嫌味の意味も籠めてこれ以上無いくらいの満面の笑みでにっこりと微笑んだ。
「この国では、正しい事を言えば無礼者って言われるんだな」
 皇帝はそんな台詞に一瞬目を見開いたが、再び顔をくしゃりと歪めて椅子に座った。
「……。クソッ……クルーガー、何て物を呼び出しちまったんだ!」
「ひぃっ! す、すみましぇん」
 また怒りの矛先が臣下に向く。ほんとコイツ救えねぇな。
「元はと言えばアンタが指示したことだと思うんだけど、責任転嫁? 責任って普通指示した奴も負う物じゃないんだっけ?」
「ぐっ……! 口の減らないガキだ!」
 一国の主にあるまじき口の悪さだったが、皇帝はそれ以上クルーガーを怒りはしなかった。
 やっぱり、この皇帝も自分に問題がある事は解っているらしい。
(……ふーん。こいつ、俺と同じレベルくらいには利口なのかも)
 俺だって、この皇帝を悪く言えないくらい親を泣かせるような生活をしているし、本当は皇帝を罵る資格がないくらい酷い人間なのかもしれない。
 けれど、それを自覚しているのとしていないのでは雲泥の差が有る。と思う。
 少なくとも、自分の悪い部分を知っていて、その悪い部分を指摘されて怒ったりしてもきちんと自制が出来るようなら、最低な人間では無いはずだ。こいつが俺より程度の低い王様な
ら、今さっきの俺の言葉だって理解せずにさっさと俺を拷問するか簀巻きにして海に流していただろうしな。
 そこまで考えて、急にテンションが素に戻った。
(……よく考えたら、俺、なんつー奴に喧嘩売ってたんだろ……)
 そうだ、一歩間違えば、俺は死んでいたかもしれないのだ。
 もしコイツが浅慮な馬鹿王だったら、今頃はサクッと切られて豚のエサにでもなってたかもしれない。もしくはイワシのエサ。
 というか、浅慮なのってもしかして俺の方だったのかも。
 今更青くなる俺とは反対に、クルーガーはいかにもホッとしたといった様子で俺に掌を向けた。対する皇帝はふてくされたように肘掛に手を付き顎を乗せ、だらしない格好で椅子に凭れかかっている。解り易い拗ね方だが、クルーガーは気付いていないのか話を切り出した。
「陛下、あのそれで、お話が終わった後で構いませんのでアキラさ……客人を送還して差し上げたいのですが……」
 言うと、皇帝はこっちに手の甲を振って嫌そうに顔を背ける。
「ああもう帰せ帰せ。そんな面倒くさいガキはいらん。さっさと帰して実験に戻れ」
「どっちがガキなんだか……」
「口を縫い付けるぞ、このクソガキ」
「小市民の悪口に一々反応するオウサマって初めて見たー超ウゼー」
 ああまた勝手に憎まれ口が。
「この目つきの悪い未開人が……!」
「あわわわお、お二方とも落ち着いてください! ……と、とにかく、それでは今すぐにでも客人を送還して宜しいと言うことですね?」
「ああそうだ、さっさと帰せ! そんな異世界人に居られると、異世界臭が充満してたまらんからな!」
 人の体臭を臭いものみたいにいいやがって。
 折角治まって来ていた怒りがまた沸々と腹の中で煮えてくる。
「俺は毎日風呂入ってるっつうの! 臭いなんてあるか!」
「風呂の問題ではないわ! 田舎者くさくてたまらんといっとるのだ!」
「んだとこの磯辺皇帝! お前こそ潮臭くてたまんねーよ! 風呂入れ!!」
「言わせておけば……!!」
 また剣を抜くのか、と構えた俺の前に、クルーガーが両手を広げて割り込んできた。
 何だかえらく肩が震えているが、また泣いているんだろうか。
「いい加減止めて下さいぃいい!! 話が進みませんーっ!!」
 目は隠れているが、その分隠れていない鼻や口や頬を一生懸命に強張らせて、文字通りの必死の形相でクルーガーは俺と皇帝の双方を見て叫んだ。
 涙がだばだば流れて鼻水が垂れている。
 きっと、よっぽど怖いに違いない。
 気軽に愚痴を言えといった本人が愚痴を増やしていては世話ない。俺は今までの態度を反省して、クルーガーに向けて申し訳ないと口を歪めた。
「ごめんクルーガー、困らせちまって……。今からは大人しくしてるよ」
「あ……アキラさんん……」
「……フン」
 泣く子の力、鬼より強し。
 俺と皇帝が黙った事を確認して、ようやく鼻水やら何やらを拭うと、クルーガーは皇帝に向き直った。
「えと……では、すぐに送還という事で……。武具保管庫から材料を持ち出す許可を……」
「解った解った、好きなだけ持ってけ。さっさとそいつを消してくれ」
 言いながら、皇帝はそっぽを向いてひらひらとコチラに手を振る。
 その態度がムカツクんだっつうに。
 イライラしつつもクルーガーをまた泣かせてはならないので我慢していると、誰も泣かせるような事はしていないのにクルーガーはまた困ったような顔をした。
「あのー……それでですね、そのことでまた一つ問題がありまして……」
「問題?」
「キセノホーンの在庫がもうないんです」
 情けない声に、相手は片眉を上げ訝しげにこちらを睨んだ。
「……なんだと?」
 何の事を話しているかは良く解らなかったが、雰囲気だけで何となく理解できる。
 多分これは、俺にとっても都合の悪い事を話しているんだ。














  
   





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後書的なもの
  
  引き続き、皇帝との口げんかです。
  現実的に言えばこんなんありえんって感じでしょうが
  コメディだとかるく流せる気がして不思議
  
  
  

2010/09/09...       

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