市場は、坂の中間辺りにあった。
 とは言え坂に沿って並んでいるのではなく、その一段を丸ごと通りとして使っている。俺から見て左の商店街は魚や生鮮品を扱っているようで、坂を挟んで右の通りは雑貨やその他のものを取り扱っているようだった。祭りの夜店みたいな感じで地べたにマットを敷いて店を開いていたり、的屋みたいな感じで木製の質素な屋台を作っているところも有る。
 面白いのは、左右の通りはそれぞれ大きな一つの屋根に覆われていて、まるでトンネルのようになっている所だ。海側に等間隔に柱を置いて、柵を引き海を眺められるようにしてある。
 海を見ながら商売が出来るなんて、ちょっと素敵かもしれない。
 イワシはどこから来るのだろうと見渡すと、この大きな坂の他に幾つか通りに入る道があるようで、そこに大きな尾びれがちらちらと見えていた。
「どっちが見たいですか?」
「死んだデタラメをずっと見るのはちょっと俺の心臓に悪いと思うんで、雑貨のほうを見たいです」
 俺の世界、特に日本のような生鮮市場なら何の心配もなかったろうが、ここは異世界。飯がまずくてイワシが巨大で最強種という冗談みたいな世界だ。そんな世界の生鮮市場なんて、何が置かれているか解ったもんじゃない。人型の魚とか野菜とか、そんなもん見るのはゴメンだ。
 雑貨なら、変な物があってもちょっとはマシだろう。
 マシであって下さいお願いします。
「じゃあワクワク通りの方に行きましょう」
「……因みに左は?」
「ウキウキ通りです」
 突っ込む気にもなれない。地域の楽しい商店街か。
 相変わらず楽しそうなクルーガーの背中に付いて行きながら、俺はどっと疲れた気がして小さく溜息をついた。昨日はそこそこ寝たはずなのに、どうしてこんなに疲れてるんだろう。
 まだ皇帝にも会ってないっつうのに。
 通りに入ると、すぐに人の声と呼び込みの声が耳に煩く飛び込んできた。
 けど、活気があるのは嫌いじゃない。
 ちょっと気分が良くなって、何があるのかと見回していると、クルーガーが袖を引っ張った。
「アキラさん、面白い物が有りますよ」
「ん? 何々?」
 きちんと屋台を組んでいる店の店頭には、スーパーボールくらいのキラキラした丸い宝石に、片手で持つのがやっとみたいな杖が付いている。で、それの色違いが何色か。
 ぱっと見、先端が光るボールペンだとかファンタジー系ペンライトとかを連想したが、やっぱりそういう物とは違うようで、ねじり鉢巻の店主のオヤジが意味ありげに笑いながら手を叩いた。
 こういうオヤジは世界共通なのか。
「クーさんっ、アンタなら目ぇ止めてくれると信じてたさァ! っていうか、ここらでこんなん気にすんのアンタだけだもんな! ま、それはそれとして、氣導士用のバイグだ。土以外は取り揃えてあんだぜ? しかも全部、耐第二級製だ!」
 クーさんって。知り合いなんだろうか。
 どうでもいいが、このオヤジがクルーガーをそう呼ぶと、何故かフーテンの人が思い浮かぶ。
「へえ〜! 闇のバイグは使った事ないなぁ。ちょっと使ってみたいけど……これ、一週間後まで有りますかね?」
「どうかなぁー。取って置いてもいいが、客が注文してきたら渡しちまうぜ?」
 その言葉に、クルーガーは紫色の宝玉のついた短杖を持って悩む。
「う〜ん……でも、俺今給料日前でお金なくって……」
「おっと、そりゃいけねぇや! じゃあ……うーん…………しゃあねえ! 客がしつこく言うまでは、俺も隠しといてやっからよ、一週間後必ず買いに来てくんなよ!」
「えっ、本当ですか!?」
「おうよっ、お得意様特典よぉ!」
 バイグ、とかいうバイクのパチモンみたいな名前以外は、普通の会話だ。
 普通の商店街の会話過ぎて、ここが異世界だと忘れてしまいそうになる。
 俺、異世界臭を堪能したくて商店街に来たはずなんだけどなあ。
「所でよ、そっちのえらく男前な兄ちゃんは弟子かい? かぁ〜っ! ついにクーさんも氣導士として弟子持てる甲斐性になったかっ、おっちゃんは嬉しいぜぇ〜!」
「ちっ、違います、違いますよぉっ! あ、アキラさ……この方はっ、客人です! 今から皇帝陛下と話し合いをして頂く為、お連れしたのですっ」
 おお、クルーガーが焦っている。
 しかしオヤジはオヤジ人種特有の嫌らしげな笑みを浮かべながら更にクルーガーに詰め寄る。
「にしてはバカに楽しそうじゃねーかっ。なんだ? ん? そうなのか?」
 肘で相手の脇腹を突くオヤジ。
 この行為は「ニクイよニクイよ」のポーズだ。生で初めて見た。
 何が憎いのかは知らないが、何だか不快なオヤジだな。特に目が嫌らしい。エロオヤジか。
「だっ、だから違いますぅう〜! これはっ、滞在中少しでもここを楽しんでもらおうと〜!」
 クルーガーもそんなオヤジに困り果てたのか、泣きそうな声を出して必死に手を否定の形で振りまくる。自分も同じようにクルーガーを泣かせたので人の事はいえないのだが、顔を真っ赤にさせてまで困らせるのは流石に可哀相だなあ。
 恩も有るし、ここは助け舟を出してやるか。
「っていうかさ、おっちゃん。バイグって何か訊いていい?」
「おっ? 興味あるのかい?」
 商売人とは、商品の事を訊かれれば世間話などほっぽり出して説明したがる人種だ。どんな奴だって一つでも多く商品を売りたいからな。商売人の性だ。
 というワケで興味ありげに訊いた俺に、親父は笑顔で説明しだした。
「バイグてのはな、早い話が氣導を使えるようになるための道具よ! ン? 兄ちゃん氣導も知らねぇのか?! どっからの客かね……まあ、それはあとでクーさんに説明して貰いな。兎に角、バイグがねーと、氣導士も俺ら一般人も氣導が使えねぇ訳よ」
 ようするに、俺らの世界の魔法の道具みたいなものだろうか?
「呪文とかは要るの?」
「ああ。護身用ならいらねぇし俺らでも使えるけどな、でも本格的な氣導を使うためなら、氣導士用のバイグで呪文を言わなきゃ何も始まんねぇ。第六級以上ならそれに耐えられるバイグと呪文が要る。まー、要は、鍵穴がバイグで鍵が呪文ってことだ」
 とすれば、魔法はドアの中で、魔法の出所は違う場所に在ると言うことか。
 俺の世界での魔法は、呪文一発で掌から火とか水とかが出せるもんだけど、この世界の魔法は召喚術みたいなほうに近いのかな。第六級とか第二級とかさっき言ってたし、呪文で出る魔法もクラス分けして区別してあるんだろうか。ゲームの上級魔法初級魔法とかいう奴みたいなモンか?
「じゃあ、この色も違いが有るんだ。級分けとかも関係有る?」
「別の問題だな。色は、そのバイグで使う事の出来る術を表してんだ。宝珠の場合だけだが、大抵産地によるんだぜ。闇の術なら紫とかソレ系で、水の術なら深い青とか……そういう感じだな。宝珠じゃないもんはすぐどの世界の物か見分けられるから、あんまり気にする必要はねえよ。でも、級分けはそれとは違うんだわ」
「どういう感じ?」
 オヤジは少し悩むと、他にも並んでいた小さな指輪だとかを指さしてまた口を開いた。
「氣導ってのはな、弱い順から、六級、一番強いので一級って具合に術が分けられてるんだ。属性関係ナシにな。当然、級が強くなるにつれて、破壊力も色々段違いだろ?」
 頷くと、オヤジは指輪の一つと短杖を並べた。
「そうなるとな、バイグの方も、力に耐えられなくて壊れちまう。溜池みたいなもんで、許容量越えちまうとぶっ飛ぶんだ。っつうわけで、バイグにも耐第一級製だとかランク付けしてあるわけ。ま、それでも使えば劣化していつかは壊れるけどな。耐性はそのバイグの原料にもよるから、宝珠みてーに色で属性を判断するこっちゃいかねーのよ」
「なるほど……」
 要するに、古いパソコンや容量のないパソコンで動画を見ようとすると固まってフリーズを起こしちゃうようなものか。容量が大きければ大きいほど、大量に素早く動画が見られる、と。
 この世界のバイグはパソコンで、氣導の術は動画という訳だ。
(……って一々例えなくてもいいよな、んなこと)
 大体術が動画って例えの意味が解らない。
「クーさん、ほれ、彼も興味もってるみてーだぜー? どうよっ! いっちょ護身用の安いのでも……」
「またその話ぃい〜?!」
 ああ、しまった、忘れてた。
 商売人の性、其の二。
 商売人はビジネスチャンスや直前までしていた会話を忘れたりしない。
 ごめんクルーガー。今度ばかりは庇いきれない。だって俺、護身用ちょっと欲しいし。
「アキラさぁああんー!」
「やー、金銀砂子で綺麗だなーっと」
「ほれほれどうよっ! 兄ちゃんにはこの闇のバイグのイヤリングなんか……」
 と、またクルーガーいじめが始まろうとしていたその時。
「船だー!」
 どこかで男の叫んだ声が聞こえて、みんなが一斉に海のほうを見た。
 先程までクルーガーをいじっていたオヤジまでもが、じっとこの島の港の入口を見ている。
 この島の港は準円形をしていて、入り江のようになっている。
 扇形の島の両端が向かい合う場所があり、その隙間から船が出入りするようだ。まるで船の門のようなその場所にじっと目を凝らすと、なにか、小さな影が見えた。
 まだ沖合いで、こちらが港に近くないからかもしれないが、どんな船が来たのか解らない。
 急に静かになった周りに少し気圧されながらも、俺もじっと船の詳細がみえるのを待った。
 船がゆっくりと島の両端の間を通って、港へと入ってくる。
「なんだ……あの船」
 詳細を現した船は、なんとも変な造りだった。
 まず、甲板が木製なのはいいとして、どうして船体が金属らしきもので覆われているのだろうか。あれじゃ部分的軍艦だ。マストがあることから動力は風だろうと解るが、じゃあなんで船体だけあれだけ重装備にしているのか訳が解らない。
 それに、船は物凄く大きかった。
 俺の世界の遊覧船なんてとてもじゃないが勝てやしない。
 ガリオン船という船を一度見た事があるが、この船はその二倍はあった。
「でっ、けえ……」
「陛下だーっ!! 陛下が帰ってきたぞー!」
「鐘を鳴らせ! みんなに知らせるんだー!」
 にわかに活気付く周りに、あの船が皇帝の乗り物だとようやく気付く。
 確かにあのデカさは皇帝が乗るのに相応しいかもしれない。メインマストには、この国の紋章なのか、水を象徴するような紋章が描かれていた。くそ、ちょっと格好いいな。
「アキラさん、行きましょう! いの一番に駆けつけて、了承を取り付けるんです! ご帰還なさった直後の陛下なら、上機嫌だしなんとかなりますっ」
「えっ、っていうことは通常時はまるで話にならないと……」
「さあ早く行きましょう!」
「ええええええぇぇぇ」
 矢も盾もたまらずといった調子で、クルーガーは俺の返答も聞かずに服を引っ掴んで港へ一直線に下りだした。
 こういうどさくさな時だけ押しが強いなオイ!
(でも……そんだけ性格捻じ曲がった皇帝って……どうやって懐柔すりゃいいんだ!?)
 考える時間すら与えてくれないクルーガーに再び怒りを蓄積させながら、俺は残り数分でまた頭をフル回転させた。背後からは、美しい鐘の音が大きく強く響き渡っている。
 けど、今の俺にはタイムリミットを告げる音にしか聞こえなくて、綺麗だとは思えなかった。












  
   





Back/Top/Next







後書的なもの
  
  ちょっとばかし説明の話。
  大抵説明が入るとそれを後々使うことになるっていうパターンは
  王道ですよね!
  

  

  

2010/08/31...       

inserted by FC2 system