しかし、嫌だ嫌だと言っても何も始まらない。
 皇帝と会わないことにはこちらとしてもどうにも出来ないのだ。嫌でも、会わねばなるまい。俺は決めたくない覚悟を無理やり決めて、クルーガーの案内の元、門の外へと出た。
 どうせ普通の城下街だろうと思って門を出て瞬間、腐れた思いが風に乗せられて消える。
「う、わ……」
 見つめた、いや、見下ろした光景は、今まで見たこともないような美しい光景だった。
 すり鉢状に広がった島の景色は、まるで大昔の闘技場のように見える。港を中心として扇状に広がった景色は、白と緑、そして青に染められていた。
 太陽の光を受けて一層深さを増すような白に染まった、箱のように積みあがった家々。
 家々の周りを固める、緑に輝く鬱蒼とした原生林。
 そして、キラキラと光る宝石のような色をした真っ青な海。
 目の前には島の中心を割ったように広がる緩やかな坂があり、港へと下っている。港を見ると、楽しそうに働いている人々が見えた。坂を登って吹きぬける風が、潮の香りを運んでくる。
 嫌な臭いなんてしない、海そのものの香りだ。
 少しばかりぬるい風には、美味しそうな食べ物の香りも混じっていた。
「どうしました?」
「いや……凄い綺麗だなと思って」
 素直に感想を言うと、クルーガーは嬉しそうに口を笑ませた。
「この島は、国で一番綺麗な場所です。初代皇帝が、どんな嵐の日でも少しの光で島を見つけられるようにとこの島を扇状にして、マストからすぐに見えるように島を段に切って白い家を積んだそうです。家が四角なのは、風で屋根などが壊れると困るからですよ」
「ああ、なるほど……そっか、海風って凄いもんな」
 しかし、その初代皇帝とやらの思いやりも海風の対策も、こうまで綺麗に並べられると最初からこんな美しい景色を作りたくてそうしたんじゃないかと思えてくる。
 外国になんか行ったことも無かった俺には、この目の醒めるような光景は衝撃的過ぎた。
 お陰で考えていたことが全部ふっとんで、頭の中がからっぽになってしまったじゃないか。
 そうやって間抜けにぽーっとしていた俺に気遣ったのか、クルーガーはにこりと笑って、意外な提案をした。
「……アキラさん、ちょっとばかり街の中を歩きましょうか」
「え、いいのか?」
「ええ! すぐ帰ってしまうのもつまらないでしょう? 折角ですから観光して行って下さい!」
 それは願っても無い事だ。
 どうせ異世界に来たのなら、存分に異世界っぷりを堪能したい。
「じゃあ……とりあえず歩きながら説明しますね」
 言うなり歩き始めたクルーガーに付いて行きながら、俺もゆっくりと坂を下った。
 間近に見えてくる家々の屋根には、物干し台が置いてあって洗濯された服が揺れている。時折屋根に子供や女性が上っているのが見えて、長閑な光景に見えた。
 皇帝は人でなしっぽいけど、一応ちゃんと統治してるんだろうな。
 港町は血の気の多い連中が沢山いるらしいが、喧嘩する声も聞こえないし平和な港町なんだろうか。そういえば、城下街にしては、偉く田舎っぽくて国家の中心という感じがしない。
 普通、城下街と言えば、すごく栄えていて変に高級な店が並んでいるもんだろう。なのに、この街はどっかののんびりした島みたいに、煌びやかな看板も高級そうな店も見当たらない。高級のコの字もなさそうだった。
 ……貧しい国なんだろうか。
 日本の県とか中国の〇〇省とかそういうのだったらこんな状態なのもまだ納得できるが、仮にも一国の城下、しかも港町で、これほど寂れ……失礼、長閑なのは、絶対おかしい。
 第一城はあんなに煌びやかにしといて、国民の家はこんな「マンション一戸づつ切り取って地面に据え付けました」みたいな状態なのはかなり問題がある。
(ああー、そう考えると、なんかちょっとあの城がやっぱりむかついて)
「あっ、アキラさん見てください! イワシが上がってますよ!」
 怒りに燃えている最中の思いがけない言葉に、ぶっと噴出して思わずクルーガーが指差す方向を見やる。この世界にもイワシなんてあったのか!?
 思わず視線を向けた、そこには!
 ワニほどの体長があろうかと言う魚が、今、まさに、猫車(のようなもの)に乗せられようとしている光景が。
 ……わお。地元の港に上がった大王イカを見たとき以来の大魚との遭遇だ。
 しかもあれがイワシ……。あれ、イワシ?
「えっちょっちょっと待て! アレが鰯!? 魚へんに弱いと書いてイワシ!?」
 確かに見た目はビッグライトででっかくなった鰯そのものだ。
 そのものだが、何でこうもおかしく思えるんだろう。
「アキラさんの世界ではそう描くんですか? そんなバカなぁ。イワシはこの水の世界でも一二を争うほどの凶暴な肉食魚ですよお。体長は最大でマッコウクジラの二倍になりますし、鋭い牙もありますし、強い事はあっても弱いことなんて絶対無いですよ〜」
「…………異世界にありがちなデタラメパターンか……」
 料理の時から解ってはいたが、そんなデタラメほしくなかった。
 よりによって何でイワシがサメと同等のクラスになっちゃってるんだよ。っていうかなんでマッコウクジラがこの世界にいるんだよ。それよりなんで名前がイワシなんだよ。
「何で名前がイワシなの?」
「怒ったらイワシタルデェーと啼くからです」
 ああ、関西系。
「じゃなくて!! 何で関西弁!? ってか人語解するなよ魚が!!」
 しかしクルーガーは聞いていない!
「高級魚なんですよ〜。汁漬けなら何に漬けても美味しいですし、お刺身も絶品なんです! ……あっ、そうだ、市場に行ってみましょう! きっとアキラさんが驚くものがいっぱいありますよ!」
「あー……」
 見てみたい気もするが、最後に残るのは疲労だけだと思う。
 クルーガーは天然にも俺の突っ込みを全て華麗にスルーして、早くも俺の腕を引いて市場へと案内しだした。かなり楽しそうなのは何でなんだろう。俺がイワシに驚いたのがそんなに面白かったのだろうか。それともただ単に自分が市場を見たいだけなのか。
 何にせよ拒否権は無いようで、俺は薄く諦めの笑みを浮かべると、坂を下るクルーガーに大人しく付いていったのだった。
 どうでもいいけど、あのイワシどこで捌くんだろう。












  
   





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後書的なもの
  
  誰がそんな話して楽しいのかと聞かれそうな話
  私は楽しいですよ!(笑顔)
  

  
  
  

2010/08/30...       

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