「では……貴方の名前はサカイギ・アキラと言うんですね?」
 男の言葉を理解して、俺は頷いた。
「ああ。それで、お前の名前はクルーガー・ハインツェルっていうんだよな」
 はっきりと相手の名前を言ってやると、男……いや、クルーガーは感激したのか頬を紅潮させて手をパンと打ち合わせた。
「素晴しい! 五時間とは行きませんでしたが、まさか半日で六界語をマスターするとは!」
 思わず涙を流す相手に、それほど苦労させたかとちょっと罪悪感が沸く。
 実は、結局五時間ではマスターしきれず、クルーガーには色々と苦労して貰いながらあれから十二時間ぶっ続けでこの世界の言葉を教えて貰っていたのである。
 よくよく考えれば苦労させた以外の何物でもないが、こっちだって必死だったのだ。
 クルーガーには悪いと思うが、勘弁してほしいと思う。
 しかしこれ六界語っていうんだ。えらく壮大な名前だな。
「はあ……でも、ここまでくるのに苦労したぜ」
「ええ、しかし大分流暢に話せるようになりましたよ」
 自分の仕事が報われたのが嬉しいのか、前髪に隠れて見えない目を拭うクルーガー。
 俺も何となく嬉しくなって、照れくささに頬を掻いた。
「まあ基本は俺の国の言葉と似てたしな……文法もまるで一緒だし、発音が変わっただけって感じだったから、こっちとしても覚えるのが楽で助かったよ」
「へぇえ! アキラさんの国の言葉はこの世界の言葉に似ているんですか! それは興味深いですっ、よかったらもっと話を……」
 うわっ、これは異世界から来た人間的にヤバいパターンだ。
 いくら相手が苦労性の中間管理職だからとは言え、敵じゃないとは言い切れない!
 なんとか話を逸らさねば!
「あーっと! ちょ、ちょい待て! 聞きたいのは俺の方!」
「はえ?」
 間抜けな声は言葉を理解しても間抜けな声だな……。
 ま、まあいい。この際だから、十二時間ずっと気になっていたことを教えてもらおう。
 俺は雰囲気を変える様に咳を一つ零すと、クルーガーをまっすぐ見据えた。
「あのさ、俺を召喚したのって、クルーガーなわけ?」
 これでもし違ったら別の誰かを探して放浪しなきゃならんだろうし、偶然呼び出してしまったのなら俺は帰る方法を探してやっぱり放浪しなきゃならなくなる。
 出来れば聞きたくない質問だったが、聞かなきゃ今後の行動も決められない。
 多少緊張して問いかけた言葉だったが、対するクルーガーはあっけらかんとして答えた。
「はい、そうですよ。でもまさか、成功するとは思っていませんでしたが……」
「は?! ど、どういうこと!?」
 なんだその棚から牡丹餅が出てきたんですよみたいな発言は!
「えーと……実は、ですね。……えと、詳しくは陛下が説明して下さると思うので今は省きますが、その……俺は、陛下の命令で新しい異世界の門を作っておりまして……けど俺も新米なのでちょっと自信がなかったんですよ。だから、とりあえず最初は小さな扉を開いて、あちらの小さな物を呼び出してみようと思いまして……ゲート創造って、限定解除級の氣導士じゃないと難しいと言われてるものなので、俺だって最初でそんなコト出来ないよなあと思ってやったんですよ。でも、そしたらかなり上手く行っちゃって…………」
「で、俺がその被害に遭ってしまったと」
「はい、すみません……ゲートの出現場所はまだ制御できなくて……」
 それはつまり、失敗するつもりでやった召喚術で俺が偶然釣れちゃって、わーいラッキー俺って結構すげえ力持ってんじゃん! ひゃっほー! ということだろうか。
 だとしたら、俺は全くの偶然で異世界に来てしまったということか。
 ………………運悪く、ゲートの出現場所が叔父の家に設定されたせいで。
「てんめええええ何をはた迷惑なことをおおおお」
「いだだだだだ!! すいませんすいませんやめて下さい頭を拳で捻るのはやめてええええ」
 クルーガーのこめかみを思い切りグーで捻るが、俺の怒りは収まらない。
 何だその史上最低の召喚理由。
 あれか。俺はお試しか、試供品か、道端で配ってるティッシュか。
 誰かと間違えて呼んじゃった☆(テヘッ) よりもタチ悪りぃ理由じゃねえかあああ!!
「テメェ帰れ無かったらどうしてくれる! どうしてくれるんだよオラァアア!!」
 更に加速する俺の梅干のように握り締められた拳に、クルーガーはなす術が無い。
 悲鳴を上げて涙を滝のように流しながら何度も何度も頭を下げた。
「あああああすんませんすんません有ります有ります帰る方法ありますからもうグリグリしないでええ」
「え? 帰る方法あんの?」
 思わず手を止めて訊くと、開放されたクルーガーは安堵の表情で机に突っ伏して頷いた。
「あい……。で、ですが……それには陛下の許可がいりまして……それを許可してもらおうと、今日はここまでアキラさんを連れて来たんですよ……」
「じゃあ、初めからお前は俺を帰してくれるつもりだったのか」
「誰も帰さないなんて言ってないですよぉ。今回のはこちらの不手際ですし、元々私達は召喚じゃなくてゲートを作るのが目的だったんですから……。望まない渡界はさせるなという諺もありますし」
 よく解らないが、だとすれば俺はここにいれば帰れるのだろうか。
「じゃあ、俺はこれからどうすればいいんだ?」
「今日はもう陛下もご就寝なさっておられるでしょうから、明日窺ってみて……それから決まると思います。でも、どういう判断が下されようとも、アキラさんは元の世界に帰れるまでこの城に滞在していいとの許可が貰えると思いますよ。でなければ、城の外の俺の家を貸しますし……とりあえず、それだけは確かです」
「あ、そう…………なーんだ、良かった……」
 心の中で渦巻いていた不安や恐れが一気に消え去った気がして、何だか気分がスッキリする。
 これが胸の痞えが取れたと言う奴だろうか。
 ホッとして溜息をつくと、クルーガーは弱々しく微笑んだ。
「とりあえず、今日は明日に備えて休みましょう。食事も後で持って行きますから、とりあえずは一階の客間に降りましょうか」
「うん、わかった」
 流石に今日は色々と疲れたし、頭から単語が零れないうちに寝て記憶を定着させたい。
 まあクルーガーが悪さをするような奴では無い事は見た目で解るし、扉や窓に気をつけていれば休息することぐらいはできるだろう。
 そういや俺、帰ってきてから何も喰ってなかったんだっけか。
 あ、自覚したら凄く腹減ってきた……。
 クルーガーも俺と同じだったようで、さっさと席を立つと足早に客間まで案内してくれる。歩いてきた道を逆に戻って、今度は階段を通り過ぎて少し奥まった場所に着いた。
 何だか逃げにくいようにと奥の部屋に案内されている気がしたが、ドアには外側から掛かる鍵はついていないようだし、思い過ごしか。
 どうぞと言われて入ると、当然ながら部屋は真っ暗だった。
 まあ、半日も経てば当然という気もするが。
 しかし、何となく広い事は解る。
 広いったって物置小屋じゃないといいけど。
「ドアの脇にあるスイッチ押してください」
「スイッチって……英語……いや、えーと……これか?」
 なにやらでっぱったものを押し込むと、かちんと音がして天井から光が降り注いだ。
 おお、これは明るい。
「あれ? でも電球は? 蛍光灯は?」
 見上げた天井には、文明の利器らしきものは見当たらない。
 あるとすれば、良く解らない吊るされたでっかい袋だけだ。
「ケイコートー? よく解りませんが、アキラさんの世界の明かりはそういうものなんですか?」
「ああ、俺んとこは電球っていう、ガラスで作られた球体の内部フィラメントに……いや、それはいい。とりあえず、何で明るいんだ?」
「あの天井からぶら下がっている袋は見えますか?」
 バカにすんな、俺の視力はクラス一だぞ。
 鷹揚に頷いてやると、クルーガーはどことなく誇らしげに続けた。
「あの中には、発光鉱石が入ってるんです。あの管の中から別の石の成分を含んだ水を垂らすと、反応して光る性質を持ってるんですよ。洞窟などでよく採取されます」
 石灰質が入ってる水なのか?
 じゃあ鍾乳洞に入る時があっても、あの石があれば半永久的に明かりには困らないってことか。
 所変わればとは言うが、異世界って便利だなあ。
「あれ電池切れとかあんの?」
「発光鉱石は水と一緒に蒸発してどんどん小さくなるので、一年くらい使うと替え時ですね。替え時を見誤ると、鉱石が全部蒸発してしまって、明かり切れで大変な事に」
「エコだな。捨てる手間ないじゃん」
 石だし公害も無い。これを持って帰ったら、家の電気代が節約できるだろうか。
「ええ、エコ製です。エコは贔屓にさせてもらってますよ。何せ一大企業ですからね」
「えっなにそれこわい」
 こっちじゃエコは企業の名前かよ。じゃあエコ贔屓って諺があったらまんまそういうことかよ。
 っていうか異世界でも企業ってあんのかよ!
「うわあ……異世界もビジネス時代到来?」
「? よくわかりませんが、食事を用意してもらってくるので、少し待っててくださいね」
「あ、ああ……すまん」
 落ち着くんだ俺。一々突っ込んでたら無い体力がもっとなくなる。
 とりあえずどこかに座った方がいいだろうか。
 広い部屋を一通り見回すと、中央に細い足のテーブルと椅子、窓側の壁に沿うように大きなベッドがあり、その他には鏡台やらタンスが置いてあった。客間というのは嘘では無いらしい。
 椅子を引いたが、ふと窓の外が気になり、椅子をそのままにして俺は窓に近付いた。
 そういえば図書室も窓は閉めてあって、昼間なのにカーテン引きっぱなしだったな。
 思い出しながらカーテンを開けると、外には数時間前に見たあの庭が広がっていた。
 夜になり暗くなった庭園には、小さなガス灯のようなデザインの外灯が所々に設置されている。それが煌々と光って庭園を照らし、昼間とは違った美しさを浮かび上がらせていた。
 窓を閉めてカーテンを引いていたのは、外が明るいから寝る時に困らないためか。
 そんなに明るいのが嫌なら照らさなけりゃいいものを。
「いや、でもこの屋敷のデカさからして、実はライトアップ用じゃなくて賊の侵入を防ぐ為のモンだったりとか……。なあ?」
 呟いても、一人。
 侘しさを加速させるように、俺の腹がぐうと鳴る。
「…………飯まだかな」
 座って待っていようと思ったのに、何故だか落ち着いてしまうといけない気がして、俺はクルーガーが来るまで檻の中の猛獣のように部屋をぐるぐると回っているしかなかった。












  
   





Back/Top/Next







後書的なもの
  
  エコっていいよね!(なげやり)

  

  
  
  
  

2010/08/28...       

inserted by FC2 system