熱い。
 
 
 骨まで焼かれる熱さとはこういうことをいうのだろうか。
 これならまだ日本のじめっとした夏の方がましだ。
「……あっつ……あっつ、ってか……暑い?」
 日本の夏という所まで考えて、この熱さは火の熱ではなく、体全体をこんがりと焼くような日差しの熱だという事に気付いた。
 なんだかよくわからんが、家が全焼して一日経ってしまったのか。
 それでもって日が昇って、俺は今自然日サロを満喫していると言うのか。
 目をあけるのが怖いと思ったが、この後の状況を考えると目を開けないほうがもっと怖いと思い俺は意を決して目を見開いた。
「っ!」
 見えてくるのは炭と化した叔父の家!
 黒くなってしまった芝生の庭!
 ああっ、はなお! はなおは無事なんだろうな!
 これから何て言おう、俺のせいだ、絶対に警察に呼ばれちまうううう!
 とまで妄想して、はたと正気に戻る。
 見渡した周囲は、別に黒い世界でもすえた臭いのする元我が家でもなかった。
「…………あれ?」
 四面は古びたねずみ色の石壁。何で暑かったのかと空を見上げると、丁度俺の真上の高い高い天井に、彫り抜きで模様を描かれた吹き抜けの窓があった。
 あー。こっからガンガン日差しが当たってたわけだな。
 ……ってことは、俺は今屋内にいるわけか?
 にしたってこんな場所見覚えないし、叔父さんの家の地下室はこんなんじゃなかったような。大体こんな掃除もしてなさそうな辛気臭い地下なんて、今日び刑務所だってつくらねーぞ。
 これじゃまるで昔のヨーロッパあたりの牢獄じゃないか。
 はっ、まさか俺、家が全焼したのが原因でおかしくなったんじゃ。
「え、何俺、齢数10年でついに脳内二次元の扉開いちゃった? うわぁーヤバイなー、精神病って将来生活保護とか貰えるんだっけ?」
 思わず自分の将来に不安になっていると、前方からがたんと大きな音が聞こえてきた。
 何事かと目を凝らすが、自分の立っている場所が明るいせいか、その部分がよく見えない。眉間に皺を寄せてじーっと先を見ているうちに、ようやく音を立てた正体の形がハッキリしてきた。
 あれは人間だろうか?
 けれどまだ完全に認識できなくて、一段下って影の方に近付く。
 影はびくりと体を動かし、ずりずりと後ろへ下がった。
「コッ、コンヴ! コンヴジャァタペエボディアャゥナアンウェ……!」
「は? 何言ってんの? ってかお前本当に人間?」
 昆布が上等でとか何訳の解らない事を言っているんだコイツは。コイツこそが精神病患者だろうか、それとももしやこいつも俺の妄想の一部なのか。
 とにかく正体をハッキリさせて、自分が本当にヤバイ人間になってしまったのかを確かめねば。
 何故か俺に恐れ戦く影に気にせず、俺は一気に影との距離を詰める。
 輪郭が詳細になって行き、ようやく相手の素性が見えた。
「あれ、人間」
 なよなよとした気持ち悪い座り方をしているが、相手は普通の男だった。
 いや、普通と言うのは少し語弊があるかもしれない。
 少なくとも、容姿や体型に関しては、この男は普通だったというべきか。
「ァ……ァコォ……」
 うん、体型は普通。平均的大人って感じ。髪を女みたいに長くて縛ってるけども色は黒だし、前髪で目を隠してるのは変かもしれないが、別に見えてる部分は気持ち悪いわけでもないし、ここも普通だろう。うん、許容範囲。
 が、それを差し引いても、この服装は何なんだ。
 肩から偉そうにマント羽織って、ゲームに出るようなローブっぽい高そうな服を着て、オマケに頭にはコスプレイヤーが嵌めてそうな針金で作ってビーズくっつけた感じのやっすそうな頭飾り。
 どうやらやっぱり、おかしいのは俺ではなくこの男のようだ。
 お前はいる場所を間違えてる。
 そう突っ込みたかったが、脳が待てよと口を閉めた。
(いや、まて。この場所が現実だとしたら、場にそぐわない服装をしているのは俺のほうだ。そもそも、妄想だとすれば俺の服装も変わっていないとおかしい。俺は脳内ファンタジーには現実を持ち込まない派なんだ。妄想に逃げ込んでるなら、服だって変えてるし、言葉もこんな変な言語にしてないはず)
 妄想は幼い頃多々繰り広げて痛い目にあったが、こんな設定に穴の開いた妄想なんてしたことはない。俺は脳内ファンタジーは完全に別世界だとするのが好きなんだ。
 けれども、今の俺の服装は上着を脱いだ学生服そのまま。
 言語も日本語のままだし、別に力が湧き上がって来る感じもしない。
 この設定だと、俺は未知の力を持つ剣士の役っぽいのに。
「ァコォ」
「となると、これは現実? じゃあここってどこよ?」
 腕を組まずにはいられない難問に頭を悩ませていると、さっきからアコアコ煩い男が、ゆっくりと立ち上がって俺の前までやって来た。
 ナヨナヨしてたくせに、身長は案外高いんだな。宝の持ち腐れだ。
「ソ……ソィァェル、ズエウェギウェフクァアエ」
「そいやーエール? 気持ち悪い和洋折衷語作るな」
 お祭り男専用のスキルか。
「ズ、ズエウェギウェフクァアエ。ワタィジャル? ワタィ?」
 じろりと睨むと、男は口を弱々しく歪めて、何度も最後の言葉を繰り返す。
 表情と声のトーンで、ピンと来た。
「……もしかして、解かる? って言いたいのか?」
 相手の言いたい事は解らないが、最後の言葉だけは何となく理解できる。
 だって、こいつすげぇ困ったような顔で首をかしげてるんだもんな。解る? じゃなくても、きっと俺に理解しているかを問いかけるような言葉だっただろう。
 すると相手は俺が理解した事を悟ったのか、嬉しそうに口を笑ませて何度も頷いた。いい大人がコクコク首動かしてるのはちょっと情けない感じもするが、この男の場合は容姿と奇妙にマッチしててそれほど不快感を感じない。
「ウ……ウ、エ。 ウエ、イ、ィフ」
 俺が理解したのが嬉しかったのか、男は自分の後方の壁を指差しながら、しきりにその指を上へと上げたりして何度も同じ台詞を吐いていた。
「ウエ……上? 上に連れて行くって言ってるのか?」
 同じようにジェスチャーを返してやると、男は顔を明るくした。
「コ、コゥ! エジャタオギニォボゥウェエイァワペ・ウタオ!」
「いや、今歌はちょっと」
 そんなことを言ってるんじゃないとは解かっていたが、男の言葉がべらべらと口から零れるたびに嫌な予感が現実のものになっていって、冷静じゃいられなかったんだ。
 ここまで混乱していないように振舞った俺の胆力には己でも賞賛を送りたいが、そろそろ限界だ。
 俺を引き摺ってどこかへと連れて行こうとする男を仰ぎ見て、俺は半ば「嫌な予感が思い過ごしでありますように」と祈りながら自分が目覚めた位置を振り返った。
 四面の壁に囲まれた、天からの光が差し込む部屋の中央。
 丁度俺との対面にあるそこには、宝玉を頂く四つ柱を置いた四角い石の台座があった。
 台座に描かれているのは、変な魔法陣。
 俺を飲み込んだ炎と同じような魔法陣だ。
 それが朽ちた赤色で禍々しく台座に刻まれていた。
「…………ああ、やっぱり、そのパターン?」
 諦めは得意だが、今度のばかりは飲み込むのが辛すぎる。
「ァア! エギジャディョゥ!」
 重苦しい鉄扉を開いたその先には、何の原理で光っているのか解らない天井の石と、下ッ手くそなエジプト壁画っぽい模様が描かれた壁。そして、石造りの重々しく上へと続く階段。
 俺は溜息を一つ吐いて、男の意志に従って階段に足を掛けた。
「……マジかよ」
 
 逃避はやめよう。逃避する頑張りすら今は無駄だ。
 認めてしまうしか無い。
 
 
 
 俺は、地球の何処でもない、名も知らぬ異世界へと連れて来られたのだと。
 
 
 







  
   





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2010/08/28...       

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