【TrickStar】-トリックスター
  名詞
  ・神話や物語の中で、秩序や自然界の法則、話の流れまでもを崩壊させ
   引っ掻き回し、物語の流れそのものを司ってしまう神。またはそのようなキャラクター。
  ・悪戯好きで、物語の中の主人公らにいたずらを繰り返す存在。
   その内容はともかく、結果として主人公らに幸運をもたらすことが多いとされる。
  ・愚か者としての道化役、損な役周りを引き受ける場合も多い。
  ・英雄的な側面もあり、奇想天外な方法で人々に様々なものを与える存在でもある。
  ・その存在は時に害悪であり、時に崇めるべき存在となる。
 
 
 
 
 
 
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 幼稚園の頃、空の終りを見たいと言ったら馬鹿にされた。
 小学生の頃、螺旋状の時間軸には幾つも道があるのではと作文を書いたら先生に呼ばれた。
 中学生の頃、三次元は多数存在し、それを四次元が内包していると空想してたら失笑された。
 
 バカらしい空想でも、証明するまでは立派な夢であり、素晴しい仮説だ。
 でも、俺はそう思う前に、もうそんな夢は捨てる事に決めていた。
 
 どうせ世界は画一推奨だ。
 
 夢のような夢なんて持ってたって、どうせ何にもなりゃしない。
 
 少なくとも、俺はそう思っていた。
 
 
 
 そうだったはずなんだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
「堺木。……堺木 晟ー。おーい、いないのかー」
「せんせー。アキラ君ねてまーす」
 意識より遠い場所で、何だか騒がしい声が聞こえる。
 煩くてたまらず俺は腕で囲った頭をより一層奥へと潜り込ませるが、呼び声は飽きもせず誰かの名前を呼んで面倒臭そうに大声を張り上げていた。
 あーうっさいなあ。寝かせろよこんちくしょう。
 と、眉を顰めた瞬間。
「おっきっろー!」
 ばっこん、という思い切りのいい音が脳味噌を直撃し、俺のデコは机にぶつかった。
 痛みに驚いて何事かと顔を上げて、はっと気付く。
「さーかいーぎくぅーん。寝ないでくださーい」
「あ……あははは……」
 すぐ隣に、丸めた教科書を持ち腕を組んだ先生が、悲しそうな呆れたような顔で俺を見ている。
 思わず謝りたくなるほどの迫力に頭を下げたが、寝ぼけているせいか謝る言葉が出なくて、俺の口はただ笑うだけだった。
 そんな俺の態度には飽き飽きしているのか、先生はがっくりと肩を落として「頼むから授業は聞いてね」と呟くと、のたのたと教壇へと戻っていく。正直罪の意識は全く無かったが、先生の背中を見ているとなんとなく謝りたくなってくるから不思議だ。
 まあ、謝らないんだけれども。
 頬を掻いた俺を他所に、周囲はまた静かな雰囲気を取り戻して授業に集中し始める。
 そんな周りを見て、俺は溜息をついて窓の外を見つめた。
 外は暖かい春の日差しで、散り終わった桜が掃除もされず枯れて散らばっている。正直汚いにも程が有ると思ったが、あれが世に言うわびさびなのかもしれない。
 わびさびとは言っても本当に見た目に汚いので個人的には掃除して欲しいと思うのだが、まあ、大人には好評なんだろう。
 けれども風が吹くたびかさかさと揺れる桜の新緑は綺麗で、思わず夏が待ち遠しくなる。
 梅雨なんかブッ飛ばして、早く夏が来て欲しかった。
(だって夏休みがあるからな)
 高校に入学してから、どの教科も小テスト小テスト小テスト小テスト……。
 これじゃきっと期末まで小テスト三昧だ。
 そんな暗い未来を考えれば、夏休みも待ち遠しくなる。
 進学校では無いからまだマシなのだろうが、そこそこ倍率の高い高校に入ってしまうとこれだ。勉強しろという押し付けが目に見えていて、なんとも嫌な気分になる。
 ちっ、校則が緩い単位制だからってんで選ぶんじゃなかったぜ。
 けれども後悔しても遅いもので、入ってしまったものは仕方ない。
 故に落胆を抑えきれず、俺はこうして眠気を覚えて眠ってしまうのであるが、これすらも許されない。人の成績が落ちたってどうせ誰も気にしないだろうに、一々起こしにくるのは規律が乱れるからだろうか。
 どこが「校風:個人尊重」だボケ。
(……はぁーあ…………憂鬱だ)
 人から見ればそれだけのことで、と笑われそうだが、俺にとっては重大な事だ。
 昔から、堪え性の無い子供だといわれていた。
 だから俺には他人からの叱咤も小言にしか聞こえないし、興味の無いものには反応できない。
 当然、団体行動も苦手だった。
 いや、自分でもそんな性格が最悪な部類のものだとは理解している。
 けれども、性格というのは簡単には矯正出来ない。
 しようと思っていても、自分自身の基盤であるそれを修理するのは難しいのだ。頑張ろうとしても、結局は己の性格に落ちてやる気がなくなる。
 だからか、三社面談でも「もっとやる気をもって貰えれば……もっといい点とれるんです……」と言われてしまい、親に泣かれるハメになるんだ。
 お陰でその「本気」とやらを芽生えさせる為に、危うく塾に通わされそうになった。
 あの時ばかりはマジで説得したな。うん。
 ……まあ、でも、先生の言う通りだと思う。俺は、本気で何かをやった事がない。
 小テストも合格ギリギリで躱してるし、授業だってノートを写したら終了だ。
 だってそれ以上の力なんて出したくないし、出しても無駄に終わるに決まっているからな。
 本気で何かをやるなんて、エネルギーの無駄遣い。エコじゃない。
 エコじゃないことなんて、大人が一番嫌がるじゃないか。
 本気を出さなくても、そこそこの大学に行って、安定してそうな企業に就職できりゃいいんだ。不況の今じゃ夢を持つなんて馬鹿馬鹿しい。全力でぶつかったら絶対にいい結果になるなんて限らない世の中なんだ。
 昔はそれで就職できても、今じゃそれだけでは就職できない。
 頑張っても、どうにもならないことだってある。
 もう大人が考えてるような世の中じゃないんだ。
 そんな考えもあってか、俺の性格は益々親に泣かれるものになってしまった。
 サボるクセも、もう板についてしまっている。
(…………早く夏がこねーかなぁ)
 見上げる空は、まだまだ夏空には程遠い淡い青空だった。
 
 
 
 
 実家からこの高校に通うのは距離があるので、俺は親戚の叔父の家に居候している。
 とはいえ叔父さんは雑誌記者で年中国内を走り回っており、家にはいない事が多くて、広い一軒家には俺とペットの犬しかいない。実質家を借りているようなものだ。
 叔父さんは帰ってくるといつもすまなそうにするが、俺としては一人暮らしを体験できてありがたいと思っていた。それに叔父の家事の世話をしているから小金も貰えるし、こんなに楽なバイトもない。
 おまけに叔父の家は広くて三階や地下もあるのだ。
 二階建ての平凡な家に住んでいた俺にとっては、素晴しい城も同然だった。
「はなお、ただいまー」
 帰宅一番に庭のはなおに声をかけると、はなおは嬉しそうに俺に駆け寄ってきて犬用の柵にのしかかった。庭が多少広いので放し飼いにしているのだ。
「ハラ減っただろ? よーしよしよし、今エサやるから待ってろよ」
 柵越しに思い切り顔を捏ねてやると、はなおは嬉しそうに大きく低い声で吠えた。
 因みに、はなおはシベリアンハスキーのオスだ。
 何故名前がはなおなのかは、知らない。
 一旦家に上がって荷物を放ると、俺ははなおのエサの缶詰を開けた。最近はこれが日課になっていて、寄り道をすることは殆ど無い。
 中身を最後まで掻き出すと、俺はダイニングの大窓から庭に出た。
 柵を空けて、健気に待つはなおの前にエサを置いてやる。
「よし、待て、待てよー………………よし!」
「ヴォウ!」
 待ってましたと言わんばかりにはなおは吠えて、がつがつと食べ始める。
 可愛いその姿を暫しじーっと見つめて、俺は首を傾げた。
「……はなおー。お前毎日楽しいか?」
 相手が答えてくれないのは解かっていたが、つい問いかけてしまう。
 いや、だって、時々思うんだ。
 毎日毎日同じことの繰り返しで、面白い事なんて一つも無くて、ただ一日をずっと予定や行動に縛られて眠るまで動いて。
 楽しいか?
 考えて、自分の思っていたことに自嘲した。
「馬鹿らし。自分の愚痴を押し付けんなってんだよなー、はなお?」
 食べ終わって口の周りをべろべろと舐めるはなおは、俺の問いかけに元気な声で吠えた。
 遊ぼうと尻尾を降って圧し掛かって来るはなおが、執拗に俺の顔を舐めてくる。それが可愛くて仕方なくて、俺は気付けば下らない考えを忘れて遊んでいた。
 はなおと遊ぶ時だけは、俺は何も考えずに楽しんでいられる。
 憂鬱だと溜息を吐くこともなく、遊んでいられるのだ。
 まあ、逃げだとわかっているが、人間息を抜く場所が無いとな。
 ひとしきりはなおと遊んだ後、俺は腹が減ったのに気付いて飯を作ることにした。
 ……勿論、顔を洗って。
「えーと……今日はチャーハンにでもするかな」
 栄養バランスが偏るが、どうせ家には俺一人だし構わないだろう。叔父さんが帰ってきてたり両親がいたりすると何やかんや言われるが、男が栄養なんて気にしてたまるか。
 チャーハンの素と材料を取り出して、さあいざやらん調理と底の深いフライパンを持つ。
 そしてかちりとスイッチを捻った、刹那。
――――――ッ!?」
 凄まじい音を立てて火柱が上がり、俺は咄嗟にフライパンで顔を防御した。
 だが炎はフライパンの防御範囲を超えて目の前に広がる。
 火事になったのかと慌てて視界を広げたが、そこに見えたのは信じられない光景だった。
「え…………あ、れ……?」
 炎は他の場所には燃え移っていない。
 それ所か何も燃やしもせず、ただ天井まで大きな柱となってじりじりと燃えていた。
 物凄く熱いはずなのに、汗が出ない。いや、出るには出てるがこれは冷や汗であって、普通の生理的な汗はまったくと言っていいほど出てこなかった。
 一体なんでこんなことに、と目を丸くしていると、柱だった炎から小さな線が幾つも出始めて形を変え始める。この隙に逃げれたら良かったのだろうが、頭が働かないし体も動かない。
 水をかけて消すなんて、全くと言っていいほど思い浮かばなかった。
 誰かから叱られそうだが、こんな訳解からん光景を見て冷静に動ける人間の方がどうかしている。
 俺が固まっている間にも、炎は形を変えて、今度はドーナツ状に変形した。
 コンロから出ているはずの火が、空に浮いて輪を大きくしていく。
 あれ、これみたことあるぞ。
 これあれだ。あの、ほら、ライオンとか虎がよくサーカスでくぐらされたりする……。
「火の輪くぐりいいいいい!?」
 ようやく気付いたがもう遅い。
 火の輪は中に変な模様を描いて、俺の頭上に飛びかかってきた。
 逃げようと足が無意識に下がるが、後ろはキッチンカウンターがあってそれ以上は下がれない。
 まるで魔法陣のようになった火の輪が、俺目掛けて飛びかかってくる。
「うわあああああ!!」
 はなおに本気の力で飛びかかられるより怖い。
 思わず目を閉じた俺は、死を覚悟した。
 ああ、こんなことならやりたいことやっときゃ良かったな……。
 後悔した俺の脳裏に浮かんで消えたのは、でっかいワンホールのチョコレートケーキだった。

 












  
   





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  一人称ムズカシぃぇええええ!!!

  
  
  
  

2010/08/28...       

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