二十一回目










  
  
  
 目が覚めると、一番先に白い天井が視界に入った。
 ここはどこかと一瞬混乱したが、すぐに大学の医務室だと理解してゆっくりと目を瞬かせる。
「気がついた?」
 耳元で声が聞こえて頭を動かすと、今度は真っ黒な服が目の前を遮った。徴矢はあまり思い通りに動かない目を上へ動かし、やっと声の主を見やる。そこには、笑顔の悪魔がいた。
 目を丸くする徴矢に、セオはまたはにかんだように笑う。
 そんな相手の様子から今の状況が一片に理解できて、徴矢は申し訳なさげに顔を歪めた。
「セオ……。すまん、気絶してたんだな」
 愚痴の一つは零されても仕様が無いと思ったが、セオは緩く首を横に振った。
「当然だよ。あれってね、悪魔だって楽に耐えられることじゃないんだ。だから寧ろ、脱出する時にしか気を失わなかった徴矢はすごいと思うよ」
 言いながら、セオはまた徴矢の髪を手で優しく梳く。
 大きくて暖かな手の感触が心地良くて目を細めると、相手は嬉しそうに白い歯を見せた。
「クロカミ君も連れて来たから安心して。隣のベッドで寝てるよ。……今日は大学には誰もいないっぽいから、暫くはここで休んでても平気だと思う」
 誰もいないことなんて無いだろうが、今日は休みだからまず医務室が使われることは無いだろう。
 しかしそんな事情を知らないセオのことだろうから、多分この悪魔はわざわざ大学内を見て回ったに違いない。もしかしたら、ドアに術でもかけて開かなくしているかもしれない。
 充分にありえる。
 その様子を想像して、徴矢はくすりと笑いを漏らした。
「お前、ずっと俺の傍にいたのか」
「他にどこに行けって言うのさ? ああ、そうだ、ねえ水とか欲しくない? 持って来ようか。あと布団は熱くない? 熱かったらクーラー入れてあげるよ」
 妙に甲斐甲斐しく世話をしたがるセオにまた苦笑が深くなったが、徴矢は首を振ってゆっくりと体を起こした。少しだるい気もしたが、動けないほどでは無い。
 心配そうなセオに大丈夫だからと釘を刺して、徴矢はベッドから降りて隣のカーテンを潜った。
「……」
 セオがやってくれたのか、黒髪は綺麗に寝かされている。眼鏡も外して安全な所に置いていてくれるのには驚いたが、セオにも心境の変化はあったのだと理解して黒髪の顔を覗きこんだ。
 自分達よりも少し幼い、こちらが安心するようなあどけない寝顔。
 愁いも何も無い表情には、薄っすらと笑みが浮かんでいた。
「大丈夫。もう、心配は無いよ」
「……そっか」
 セオがラルヴァを退治してくれたのは最早解っている事だから、訊く必要はなかった。
 徴矢は黒髪から顔を離すと、頷いてそのままカーテンをゆっくりと開く。光を遮っていたカーテンが引かれると、夕方前の少し橙を含んだ光が強く差し込んで来た。
 しかしそれは煩わしい光ではなく、暖かでまた眠りに落ちてしまいそうな優しい光だ。
 窓も少し開けると、徴矢は窓際に丸椅子を持ってきて座った。緩やかに吹き込んでくる風は仄かに温かく、裏庭の花の香りが混ざっている。甘く、いい匂いだ。
 暫し風に気を取られて窓の外を見ていたが、徴矢は呟くように口を開いた。
「なあ、セオ」
「何?」
 待っていたと言わんばかりにすぐに声を返してくる相手に、徴矢は目を向ける。
 黒髪の横に立っている悪魔は、ただ優しい表情だった。
「……黒髪の記憶、消せるか?」
 徴矢の問いに驚くかと思ったが、相手はそれすらも承知していたと言うように微笑む。
「消すことは出来ない。けれど、“無かったと思わせる”事は出来るよ。……でも、いいの? 徴矢はクロカミ君に罪を償わせたかったんじゃないの?」
 尤もな問いだ。
 徴矢は一度頷いて、少し言い辛そうに視線をセオから避けた。
「…………例え記憶が消えても、決心した思いまで消えるわけじゃないと思うんだ。だから、今日の記憶は消してしまった方がいい」
「徴矢……」
 目を丸くするセオを視界の端で捉えながら、徴矢は続けた。
「この記憶が、ラルヴァの記憶がある限り、こいつは一生苦しんでいくことになる。……例え原因が黒髪の心の闇だったとしても、それを引き出して無理矢理黒髪をバケモノにしたのはラルヴァだ。隠していた思いを引きずり出されて、利用されて……それで本来背負う事の無い罪を負わされて、一生その罪に苦しんで行くなんて、想定外の不幸以外の何物でもない」
「……徴矢、キミって人は……」
 いいたい事が解ったのか、セオは言葉尻を苦笑で震わせる。
 徴矢も困ったような微笑で顔を上げると、頬を掻いた。
「想定外の幸福には、二倍の不幸が来るんだろ? じゃあ、今回だけでも、幸福にさせたってバチは当たんないだろ。ラルヴァだって、想定外の不幸なんだ。だから、残るのは思いだけでいい。……賢吾も、きっとそう言うと思う」
「不良たちは?」
 言われて、徴矢は真っ直ぐにセオを見て告げた。
「コイツの分まで、俺が償う。やり方は間違ってるかもしれないけど、でも、それでいいと思う。……最低な考えだが、俺はあいつらに関しては、そうなって当然だったと思ってる。殺されたって、あいつら自体に関しては、俺は何とも思わなかったろうな。……でも、黒髪はそれで苦しんでいく。だから、今はあいつらが無事でよかったなって言える。誰も死ななくて良かったって」
 一度大きく深呼吸をして、徴矢は強くセオを見つめた。
「だが、それじゃあ終わらない。取り憑かれた黒髪がやったことは事実だ。でも、俺は黒髪をもう責めたくない。これ以上責められる所も見たくないんだ。……もう、黒髪は充分苦しんできたから。きっと、これからも苦しむに違いない。だから、今度は俺がアイツらにぶつかっていく。」
「徴矢がかい?」
 お門違いだろう、と驚くセオに、そうでもないと徴矢は首を振る。
 決して自分が関係ない話では無いはずだ。
 徴矢は誓ったのだ。黒髪と一生友達でいる事を。そして、彼の罪を償わせる事を。
 もしかしたらこの考えは間違っているのかもしれないが、しかし徴矢にはこれ以外の方法は考えられなかった。黒髪が本当に、いじめなどに縛られずに罪を償うためには、自分が彼らと退治する以外の方法はないと思ったのだ。そうしなければ、きっと何もかも元に戻ってしまう。
 鳶色の瞳を翠色の瞳にかち合わせて、徴矢は睨むでもなくただセオを見つめた。
「黒髪の辛さを、今度は俺が背負う。でも、それだけじゃ終わらない。俺は、あいつらに毎日でも会いに行ってやる。会いに行って、しつこいと思わせるくらい看病して話し合って、黒髪にした事を悪いと思わせるくらい……俺が、あいつらに色んな事をしてやる。あいつらが自分のしたことや、俺達の事を解ってくれるまで、ずっと。……それで、全部終わりにしたいと思う」
「…………」
 セオは何か言いたげだったが―――開いた口を噤んで一度顔を背けると、いつものように大げさな笑みを浮かべて口を緩ませた。
「解ったよ。……じゃあ、やるね」
「ああ、頼む」
 多分、セオは心配してくれたのだろう。
 これからの事を。そして、そのこれからの事に自分が関われないであろう事を思って。徴矢に今回のような……黒髪のようなことが起こらないかと、不安になったのだろう。
(……セオ)
 それが何を意味するかは、徴矢も理解していた。
 だが今はそれを考えたくなくて、ただ無言でセオを見つめる。
 セオは黒髪の額にそっと掌を当てると、何事かを小声で呟いていた。まるで祈祷師のインチキ魔術のようだったが、掌の辺りにほんのりと緑の淡い光が生まれていくのを見て、それは本物の魔術なのだと改めて思う。今までセオの術を見てきたつもりだったが、その中でもこの術は優しい物のように感じた。まあ、体感した術が全て酷いものだったからそう思うのかもしれないが。
 変な事を考えている内に、緑の光は消えてセオの掌は黒髪の額から離れた。
「ふう。……これで大丈夫だよ。誰かが意識的に記憶を掘り起こそうとしなければ、今までの悪いことはおぼろげな夢として忘れていくはずだ。あとは、徴矢達がフォローしていけば、きっと平気」
「うん。……ありがとな」
 無意識にそう言った徴矢に、セオは目を丸くして嬉しそうに口を歪めた。
「あはっ、僕、徴矢にお礼言われたの初めてだ!」
「あれ……そうだったっけか……?」
 心外なセオの言葉に目を瞬かせる徴矢に、相手は全くだと大きく頷く。
「そうだよ。いつもは僕がありがとーって言ってるからね。……ふふ、そっか……僕初めて、徴矢にお礼言われちゃったのかあ」
「そ……そうかよ……」
 思い返してみるが、とんとそこらへんの記憶が無い。もしかしたら本当に言っていないのかもしれないが、そう考えるとなんだか自分が冷徹な人間のような気がして徴矢は眉を顰めた。
 セオがありがとうと笑う場面は幾つも思い出せるのに、自分のことになると全く思い出せない。
 記憶はあまり良い物ばかりではなかったが、しかし、振り返ってみると最近はずっとセオの記憶ばかりが一番鮮明に残っていて、一番先に思い浮かんでくるのは目の前の悪魔の笑顔だった。
 もしかして自分は、己の言ったことすら忘れてしまう程、セオばかり気にしていたのだろうか。
 だから自分が礼を言った場面すら思い出せないのか。
 考えて、徴矢はいや、と改めて苦笑した。
 自分が礼を言ったなら、目の前の悪魔はきっと今のように忘れられない笑顔になっていただろう。
 そんな顔を、覚えていないはずが無い。
 やはり自分は今初めてセオに対してお礼を言ったのだ。
(……初めてが、こんな場面か…………。)
 全てが終わって、文字通り大団円。
 あとは結末を待つだけのこの場面になって、最初のお礼。
 だが、その最初のお礼は同時に――――
 そこまで考えて、徴矢は激しく頭を降って思考を停止させた。
 まだ、考えたくない。考えたくなかった。
「とりあえず……どうしようか」
 現実逃避をするかのようにぼんやりとした言葉を漏らすと、セオは少し疲れた顔になってへらりと笑った。やはり術を使って疲れたのだろうか、ゆらゆらしながらゆっくりこちらに歩いてきた。
 相手の様子が少しおかしいと感じながらも、徴矢は近づいて来るセオを拒否せず見やる。
 セオの顔は、少し青白くなっていた。
「……僕、帰りたいな。徴矢の部屋に」
「卵焼き、作るか?」
 今にも自分に覆いかぶさってきそうなほど近くに来た相手を見上げる。
 徴矢の顔を見下ろしたセオは困ったように眉を顰めた。
「うん、いいなあ……うんと卵焼き、作ってくれる? 甘いのも食べたい」
 いつもは宝石のように輝いている瞳が、底の見えない深い濠のような暗い色になっている。光を通さない相手の目に異常を感じて、徴矢はとにかく頷いた。
「解った。沢山作ってやる。……帰ろう」
「うん……」
「その前に、とりあえず書置きを黒髪に……」
 と、徴矢が立ち上がろうとした刹那。
「っ……」
「!?」
 セオの体が大きく傾いで、全体重をかけて徴矢に倒れこんだ。
「セオッ、セオ!!」
「すみ、や……」
 掠れた声が息よりも弱々しく漏れる。まるで息絶える前のような微か過ぎる呼吸が耳に届いて、徴矢は青ざめてセオを抱き締めた。鼓動が弱い。体が冷たくなっている。
 何が起こったのかとパニックになるが、セオはそんな状態でも冷静に言葉を吐いた。
「戻ろ……徴矢……徴矢の、部屋に……」
「セオ……! 解った、解ったから、持ち堪えろよ!」
 黒髪に走り書きの書置きを残してから、もう一度セオを抱え上げる。相手は自分よりも重く、一番重い物を持った時の記憶でさえ比べ物にならないほどだった。引き摺って移動したとしても、自分の部屋まで体力が持つだろうか。だが、だからといって諦めるわけには行かない。
 早く、早く部屋へ戻らなければ。
 セオの黒衣を頭までずり上げて角を隠すと、徴矢は急いで自分の部屋へと向かった。
  
  
  
  
「はぁ……ハァ……っ、へ、部屋に、着いたぞ、セオ……っ」
 人目を避けながら自分より重いセオを必死で引き摺って、徴矢はやっと部屋へと辿り付いた。疲労で縺れそうになる足を叱咤しながら、もう少しだと自分に言い聞かせセオをベッドへと連れて行く。背中で浅い息をしている悪魔は最早己の体重を己で支えきれないほど衰弱しており、自分の意志で動くことも出来ないようだった。そんなセオの足をずりずりと地面に擦りつけたままで、徴矢はぜえぜえと大仰な息を吐いて部屋へと足を運ぶ。
 ようやく部屋に入り、徴矢は重荷を一気に投げ飛ばすようにセオを勢いよくベッドへと投げた。
 普通そんな乱暴なことをすれば無意識にでも相手の体が動くはずなのに、セオはただ為されるがままに空に浮き、ぼすんと音を立てて人形のように不自然な格好でベッドに沈んだ。
 その様子にいよいよ危ないと感じ、徴矢は肩で息をしながらベッドに仰向けに倒れこんだセオに跪いた。慌てて頬を軽く叩いてみるが、セオは目を開けない。
「セオッ、頑張れ、今卵焼きでもなんでも作ってやるから……だから、頑張れって!!」
「たまご……やき……」
 徴矢の言葉に、ゆるゆると目蓋が開く。
 思わず表情を緩めた徴矢をその目が見やって、微かに開いた相手の口は言葉を漏らした。
「……お腹……すい、た……」
「っ……!」
 虚ろな目が徴矢を映す。
 セオの言葉にびくりと肩を震わせて、徴矢はセオの衰弱の原因を確信した。
 これは、飢餓だ。それも、食いつくほどの気力すらないほどの、酷い。
 思わず顔を歪めた徴矢に、セオは困ったように眉根を寄せた。
「…………あは、は……ごめん……」
「なんで何で謝るんだよ……!」
 目を見開いてセオを睨みつけるように怒鳴ってしまうが、相手はそれにすら反応できないほど弱っており、ただ緩い微笑をこちらに向けることしかしなかった。
 その弱々しい表情に、心臓が痛いくらいに寒気を感じさせる鼓動を打った。
「大丈夫だって、思ったん、だけど……やっぱ、僕……徴矢の快楽じゃ、ないと…………全然、力……でない、みたいで……」
「わかった、解ったから喋るな……っ!!」
 言葉すら危うい口が震える。
 見ていられなくて、徴矢はセオに覆いかぶさった。
「すみ、や」
「快楽だな、快楽与えればいいんだな!」
 青白い顔をしたセオの体を仰向けにして、馬乗りになる。セオの顔を動かすまいとするように両手を相手の頭の傍に突き立てて、徴矢は見下ろす状態で相対する顔を睨みつけた。
「死んだら……喰わなかったら、承知しねえからな……ッ!!」
 こんなこと初めてだ。
 だがそんなことを考えている暇なんてない。
 徴矢は早く早くと急かす鼓動に顔を歪めて、勢い良く体を屈めた。
 そして、噛み付くようにセオの唇を奪う。
「ん、ん……!」
 流石のセオも徴矢の唐突な行動に驚いたのか瞠目したが、次に感じた感触に今度こそ体を強張らせた。
 力なくぽかんと開いていた歯列の隙間から、生ぬるく濡れた別の感触が口腔へと侵入する。
 それが徴矢の舌だと気付いて、セオは何の表情を示したのか目を細めた。
「んっ……ん……」
 初めてで勝手が解らない徴矢は、どうにかして己の快楽を引き出そうと兎に角経験を頭の中で検索した。セオのした数々の変態行為が甦るが、されるのとやるのでは勝手が違いすぎる。
 これならキスの練習でもしておけば良かったと変な事を悔やみながら、徴矢はやぶれかぶれで舌をもっと奥へと突っ込んだ。すると、何か柔らかい物が触れる。つんと突いてみると反応し、ゆっくりと徴矢の舌に触れてきた。これは、セオの舌だ。
(セオの……)
 じんわりと何とも言えない感情が湧き出して、徴矢はそれを絡めとろうと舌を動かした。
「ん……っ、ぅ……」
 中々上手く行かなくて、唾液が口の端から零れる。相手の舌はそれを気遣うように協力しようと動いてくれるが、それが余計にもどかしくて徴矢は眉根を寄せた。
(キスって、こんな……上手く行かないモンなのか……)
 犬が伏せをしているようにセオに跨り、手持ち無沙汰な手にシーツを強く握らせ、徴矢は息をすることにすら混乱して、呼吸を乱しながら必死でセオにキスを施す。
 稚拙な行為は焦燥ともどかしさを加速させて、次第に互いの熱を上げていく。
 セオのように上手くキスを出来なくて、最早情けない顔になっていた徴矢は、それでも離れようとはせず、何度も角度を変えてセオにキスをし続けた。半ば、意地だったのかもしれない。
 だが、セオはそんな徴矢の熱に浮かされてきたのか、ゆっくりと頬に熱を取り戻し始めた。
 何度目かの舌の侵入を許し、今度こそ上手にやろうと動く素人そのものの舌に、セオの舌が今度はしっかりと絡みつく。その変化に驚いた徴矢は無意識に身を引こうとしたが、セオの手が腰を掴んで離さない。思わず目を見開いた徴矢に、セオは少しだけ光を取り戻した瞳を向けて、攻守交替と言わんばかりに徴矢の舌を翻弄した。
 絡み付いて、引いて、吸い付くように動く。
 気付けばセオのほうから噛み付くように徴矢の唇ごとキスを奪い、ただ徴矢はセオの為すがままに翻弄され、荒い息を漏らして顔を紅潮させていた。
「んっ、ん、ふぁ…………っ、はぁっ、はぁ……」
 ようやく開放されて肩で息をする徴矢に、セオは先程よりも血色のいい顔で微笑んだ。
「ありがとう、徴矢。……嬉しかったよ、まさか徴矢からキスしてくれる日が来るなんてね」
「う……。そ、それは……緊急事態だったし、だな……」
 今更自分のやった事を振り返って顔を茹蛸のように茹らせる徴矢に、相手は困ったような、それでも嬉しそうな顔をする。そうして、徴矢の頬をそっと撫でた。
「…………まだ、足りないのか? いや、まあ……そう、だよな……」
 殊勝な顔をする徴矢を見上げて、セオは表情を変えず頷いた。
「……今日は、多分…………もう、我慢出来そうに無いよ」
 そのセオの言葉の意味が解って、徴矢の体が無意識に強張る。
 だが、相手は解っているとでも言うように、徴矢の頬を宥めるように撫でて言葉を続けた。
「僕は、徴矢を傷つけたくない。だから、徴矢が望まないなら僕はキスだけでいい。それだけでも、今日は幸せだから。でも……でも、ね、徴矢」
 少し切なそうに揺らぐ瞳に、出掛かっていた声が喉に引っ込む。
 徴矢は微かに開いた口から息をして、セオを見つめた。
「僕は……僕は、君と、繋がりたい。それが最上のご馳走だからっていうのは否定しない。だけど、それ以上に、僕は……君の、君の全てが欲しい。僕に応えてくれて、僕を、僕の命だけを心配して、必死で助けてくれた徴矢の……心も、体も、記憶も、全部……全部が欲しい。一生僕の事を忘れないような、一生僕を思い出してしまうような記憶を、君に植え付けたいんだ。……我儘で、ごめん」
 
 でも、それほど、君を好きなんだ。
 
 囁くように告げたセオの言葉に、徴矢は一度目を閉じた。
 セオを大事に思っている。それは確かなことだ。セオの事が好きなのだと自覚して、この悪魔のためなら何でもやりたいと思ったのも、未だ揺らがない事実。こんなことを言われても幻滅しもしないくらい、己自身で認めたその心は、強く明かりを灯していた。
 だが、最後までという事は、徴矢は今度こそ男としての尊厳を失うことになる。
 自分が積み立ててきた自分なりのルールやイデアまでもが崩壊して、もしかしたら自分でさえ自分の事を支えきれなくなるかもしれないのだ。
 セオと最後までやる、ということは、徴矢にはそれほど重大な事だった。
 簡単に言えば古風な男としての考え方が崩壊するだけ、ということだが、それを信じ続けてきた人間にとってそれは自我崩壊と同じ意味を指す。
 心の芯を支えてきた信条を壊すのだ。それが恐ろしくないわけがない。
 だが……。
(でも、それでも俺は…………セオを好きだって、俺はこいつを助けるんだって、動いて、キスをして、アホみたいに赤くなって……)
 支えはもうぐらぐらと揺れている。
 だが、それは自我崩壊とは違う変化なのでは無いだろうか。
 考えて、徴矢はゆっくりと目蓋を開いた。
(固定観念なんて考えるな……俺は、どうしたい。死にかけでも俺のことを尊重してくれるこの悪魔と、俺はどうしたいんだ?)
 男としての最後の砦は壊したくない。だが、それは自分に必要なことなのだろうか。
 この、目の前の大事な存在を失ってまで、壊したくないものなのか。
(……いや)
 そこまで考えて、徴矢は決心した。
「徴矢……?」
 小さく名を呼んでくる相手を強い視線で射抜いて、徴矢は口をグッと引き締めた。
「やる」
「え?」
 二言だけの簡素な言葉にセオが目を丸くする。
 だが、徴矢は構わず、言ってやった。
「それでお前が腹いっぱいになれるなら……それでお前が、幸せになれるなら……
 
 俺は、お前に……俺の全てをやるよ。セオ。」
 
 睨み付けるように強い決心を籠めた目に、瞠目して口だけを情けなく嬉しそうに歪める悪魔が映る。悪魔は頬を震わせていっぱいいっぱいまで口端を吊り上げて、瞠目した目を潤ませた。
「あ……ああ…………すみ、や……!」
 下から伸びた手が徴矢の体を捕らえて引き寄せる。
 興奮に上下して呼吸する胸が、徴矢の胸に押し付けられる。力強く、そして些か早い相手の鼓動が伝わってきて、同じように――――いや、それ以上に脈打っていた徴矢の心臓が更に動悸を早める。
 赤くなりすぎて痛い頬にほんのり染まった相手の頬が当てられて、背中は強く腕に抱きしめられた。
 痛いほどの、暑苦しいほどの抱擁。
 だがそれに抵抗する心など徴矢には無く、ただ、相手の泣きそうな声に喉を震わせた。
「僕は……僕は…………もう、いい……幸せだ……幸せだ、徴矢……!」
 ぐるりと世界が反転して、今度は自分の視界が天井を映した。
 目に映る世界の真ん中で、肩で息をして興奮したセオが自分を見下ろしている。まるで本当に欲しかった玩具を買ってもらった子供のようだ。それくらい、セオの顔は狂喜に歪み、頬は興奮でほんのりと赤く色付いていた。
「優しくするから……この先誰が君に触れたって敵わないくらい、優しくするから……」
「うん」
 何だか苦笑が込み上げてきて口角を上げると、セオはそこに優しくキスを落としてきた。
「世界中の初夜語りすら鼻で笑えるように、忘れられないくらい優しく……」
 言いながら施すキスは、もうやさしいものなのでは無い。
 興奮し、まるで先程の自分のように不器用になってしまった荒々しい口付けだ。
 しかしその行為に抗う心は起こらず、徴矢は苦笑したままでセオの頭を両手で包み自分の顔へと近づけた。
「いいよ、優しくしなくても。お前が満足できるように、お前が好きなだけやればいい」
「徴矢……」
「俺は、お前がどんな事をしても、嫌わない。逃げないから。お前をしっかり、記憶に刻むから。……だから、好きなように、しろ」
 挑むような目で言えば、セオは興奮と恐れがない混ぜになったような顔で口をヒクリと動かす。
「徴矢……それ、解って言ってる? 凄く誘ってるみたいなんだけど……」
 多分、セオは怖がっているのだ。
 もし徴矢が有る言葉を言ってしまったら、本当に自分は優しくない事をしてしまうのでは無いかと。
 全く、本当に悪魔らしくない悪魔だ。
 苦笑を深くして、徴矢は首を傾げた。
「バカ。誘ってても、『ハイそうです』なんて……いわねーだろ、普通」
 ゲームですらそんなキャラクターは見たことない。主人公ですら誘い文句の肯定すらしない。
 でも、これはゲームでは無い。二次元じゃなくて、三次元なのだ。
 緊張に高鳴る胸を必死で押さえながら、徴矢は口角を吊り上げた。
 そう、これはゲームじゃない。現実だ。
 この思いも、この相手も、今までの記憶も、今のこの状況も。
 だから、王道通りになんてしない。
 セオが望んだとおり、自分が一生忘れない記憶を、刻み込んでやる。
 例え明日離れることになろうと、一生忘れられないほどの、リアルな想いの詰まった記憶を。
「す、すみ、や……」
「……ああ゙ーっくそ! だから……その、こ、来いよ! ホントお前は肝心な時に面倒くさ……」
「〜〜〜っ!! 愛してる……!!」
「っあ、ちょ、ちょっとおい?!」
 どこでスイッチが入ったのか、徴矢の思いとは裏腹にセオは唐突に徴矢の首筋に顔を埋めてきた。
 思わず驚いて体を浮かせたが、構わずセオは噛み付くようにして痕を残すように吸い付く。唐突な感覚に体は跳ねて、徴矢は思わず顔をゆがめた。
「服、脱がすよ……」
「お、おう……」
 首筋に顔を埋めたままで、セオの手が器用に徴矢の服を脱がせていく。
 シャツは取り攫われて、ベルトも抜かれる。だがその前に、セオは自分の黒衣を脱ぎ始めた。
 黒衣の内側に着ていた服すらも取り去って、セオも徴矢と同じように上半身裸になる。徴矢と違ってセオの体は素直に格好良いと思えるほどの筋肉がついており、まるでモデルのような均等の取れた体型をしていた。
 初めて見る相手の体に、思わず思考が止まる。
「あ……」
 目を瞬かせることしかできない徴矢に、セオは顔を離すと微笑んだ。
「もう、我慢する必要もないから。……本当はね、もっと早くこうしたかった」
 言いながら、裸になった徴矢の胸に自分の胸を重ね合わせる。
 滑らかな感触の肌が触れて、体の奥が熱くなっていく。初めて触れたセオの体は心地良くて、その体温すら陶然としてしまうほど暖かかった。
 相手も同じ事を思っているのか、猫のように安堵した顔で目を細める。
「徴矢の肌を、心音を、こうして僕の胸でじかに感じたかった。裸で抱き締めあって、体温を感じて、何も遮るものが無いまま絡み合って眠りたかった……」
 背筋が薄ら寒くなる、ポエムのような酷い台詞。
 だが、それは紛れもないセオの望みだった。
「おかしいよね。遠い年月一緒に過ごしたわけでもないのに、数えられるほどの日数しか一緒にいなかったのに、こんなに深く願ってたなんて。……でもね、でも、今こうして改めて思った。……僕は、本当に、嘘なんてつけないくらい……心の底から、君を愛してるんだって」
「セ、オ……」
 感情が波に攫われるかのように、何か大きな思いが胸の内を洪水のように満たす。
 まるで泣いてしまいそうなほどの感動にも似たそれは、ただ徴矢の言葉を詰まらせて、視界を水に沈めていった。何故泣くかなんて解らない。
 けれど、ただ、泣きたかった。
「好きだ……愛してるよ……徴矢……」
 セオの体がゆっくりと下へと動き、唇が鎖骨から胸を辿って乳首へとたどり着く。
 そのまま口に含んで優しく転がしながら、セオは片手で徴矢のズボンを下着ごとゆっくりと脱がし始めた。荒い息を与えられる感覚ごとに喉を引き攣らせながら、徴矢は自分の下肢が露わになっていく光景を見せつけられて一層顔を朱に染めた。
 やがて服を取り去られた股の間にセオの体が割り込み、手がゆるゆると内腿に触れる。
 敏感なそこをいやらしく指先で辿られる度に、体が反応した。
「んっ、う、うぅ……っ」
「徴矢……声、もっとだして……」
 喋りながらもまだ乳首を舌で弄ぶセオに、徴矢は眉を顰めた。
「そんな、ことっ、言ったって……っ」
 快楽には慣れてしまったが、やはり声を出すことにはまだ抵抗が在るのか上手く制御できない。
 相手の望みどおりにしてやりたいと思うものの、それでも口は自然と閉じてしまっていた。
「じゃあ、出るようにしてあげる」
「へっ……? あっ、おい、ちょっと……!」
 内腿を触っていた手がゆっくりと感覚を示すように上へと移動する。
 感じたことのない背筋をゾワゾワと波立たせる感覚に、徴矢は耐えられなくて顔を歪めた。
 指はまるで遊ぶようにゆらゆらとゆれて、腿の付け根の窪みまでやってくる。そうして、あくまでゆっくりと、焦らすように下から徴矢の自身へと這い寄って来た。
「い、あ……っ、……っ」
「今日は焦らしもしない。意地悪なんてしないから、好きなだけイッていいよ……」
 言いながら、セオは徴矢の乳首を軽く噛んで、唐突に徴矢の自身を掴んだ。
「ひあ゙っ?!」
 強く扱かれて、覚悟する間すら与えられなかった体は大仰に跳ねた。だがセオは構わず痛いくらいに徴矢の自身を擦り上げて、空いた手と口で徴矢の乳首を同時に愛撫した。
 別々の場所から送られる慣れたはずの強烈な感覚に、頭の中で火花が散る。
 顔に溜まっていた熱が一気に頭まで昇り、徴矢は顎を天井に向けて喉を引きつらせた。
「ひっ、う、あ゙、あああっ、や……あ゙、っああぁああ……!!」
 耐え切れずに、今までで達した事のない速さで快楽の引く感覚が訪れる。だがそれを許さないとでも言うように、セオの手は白い液に塗れた徴矢の自身を握り、亀頭をぐりぐりと指で押し付けながら残った指で乱暴にそれを扱き続けた。
「だぇっ、や、あ゙ぁ! も、やめ、やめぇ、っ、っぅあ、あぁあ゙……!!」
 出したばかりで興奮すらしていない自身をまた乱暴に、今度は先程以上に強く弄られて、強制的にやって来た刺激に徴矢は舌を引きつらせた。
 しかしセオは決して手を離さず、目だけはじっと徴矢を見つめてそれぞれを愛撫し続ける。
 舌で、指で、掌で、それぞれを強く、まるで苛むように触れる相手の全てに熱が体の中で渦を巻く。苦しくて、堪らなくて、それでも逃げる事は出来ず拒否する心すら起きず、徴矢はもどかしさと鋭い感覚の狭間で一層乱れた。
「一回イッたら敏感になるのって、女の子だけの話じゃないんだね」
「ら、めっ……い、あ、っああぁあ! も、セオ、せ、お、許しっ……あ、ぅあ゙あぁっ……!」
 ぎゅっと自身の首を絞められて、尿道口を強く弄われて顎が震える。
 我慢できないと涙を流す徴矢を見て、セオは胸から顔を離しにこりと笑った。
「うん。やっぱり僕、そういう徴矢大好きだなあ」
「っ、あ……」
 言いながら、手を離す。
 開放されたのかとほっと息を吐いた徴矢に一層笑むと、セオは自分のズボンをずり下げた。
「いつもは僕におねだりなんかしないのに、こういう時にだけ途端に弱くなって、僕にだけ『許して、もう駄目』って泣きながら言ってくれる所、凄く好き」
「っ……!!!」
 下げられたズボンから出てきたのは、自分の下肢についているものと同じはず、の、モノ。
 だがそのサイズをみて、徴矢は混乱した頭のままで絶句した。
(1.5倍ぞ、増量…………)
「……恐い?」
 徴矢の表情で思っている事が伝わってしまったのか、セオが少し悲しそうな顔をする。
 いや、怖いことは怖い。だがそれは寧ろ行為自体への恐怖ではなく、所謂「それは入るのか、自分のケツはそれを入れて大丈夫なのか」というセオのそれ自体への恐怖だった。
 少女視点の明るめなエロ本だとよくありがちだが、実際対峙すると恐ろしくなる。
 何より目の前に比較対象がある故、余計に恐怖は増した。
 名誉の為に言っておくが、徴矢は別にポークビッツでは無い。平均的なものだ。
(って、ていうか……ガイジンってデカイとかいうけど、マジだったのかっていうか、っていうか……)
「やっぱり、止める?」
 徴矢のあまりの混乱ぶりに心配になったのか、先程まで酷いことをしておいて今更セオが臆し始める。最初にあれだけ興奮していたのに、その勢いのなさは何なのか。
 急激に混乱が醒めて、徴矢はひくりと口端を動かした。
 そりゃ確かに怖いが、最後までしたいと言ったのは誰なのか。それに付き合ってやるといった言葉をまだこのバカ悪魔は信じていないのか。
 なんだか急にイラついてきて、徴矢は半眼でセオを睨みつけた。
「お前な、ここまでしといてそれはないだろ」
「徴矢……」
 自分でもかなり冒険した言葉を言ってやったのに、まだ目の前の悪魔は退いている。
 何の為に自分は今こうしているのか、解っているはずなのに。
 我慢できずに、徴矢は起き上がってそのままセオの自身を掴んだ。
(うっ……)
「すっすす、徴矢!?」
 予想以上に熱くて硬くなってしまっている相手の自身に驚いたが、目を点にしているセオ以上に驚くわけには行かず、平常心を装って徴矢は相手を睨み上げた。
「…………コレでも、お前は俺の覚悟を疑うか」
「っ……」
「……俺は……お前と…………お前となら……繋がりたい」
 はっきり言葉に出して言った瞬間、手の内の相手の自身がまた少し膨張した。
 まだデカくなるのかと一瞬背筋が寒くなったが、それでも思いは違えまいと徴矢はセオの顔を見続ける。やがて、セオも嬉しそうな表情を取り戻すと、己の自身を握ったままの徴矢を再びベッドへと押し倒した。
「ごめん、お願いした僕が戸惑ってちゃ、何も始まらないよね」
「…………やっと解ったのかよ、お前死ねよもう」
「ははっ、やっぱり徴矢って可愛い」
 今の台詞のどこが可愛かったんだ、と変に顔を歪める徴矢にキスをすると、セオは徴矢の手を剥がして、そのまま自身を徴矢の自身へとぴたりとくっつけた。
 何をするんだと目を剥く徴矢を見つめながら、セオはそのまま己の手を添えて、そこに徴矢の片手を導く。どくどくと先走りを漏らした互いの自身は、別の生物のようにぴくぴくと脈打っている。
 その感覚のリアルさに再び顔を熱くする徴矢に、セオは囁いた。
「これも、してみたかった。こんなことまでしちゃうと、流石にもう途中で止められなくなっちゃうだろうから、しなかったんだ。……でも、今、やれるんだよね……」
「…………」
 やっていることも言っていることも、普通思っても声に出さない。言えば変態だからだ。
 けれど、セオはそんなことなど些細な事だと言わんばかりに思いを口に出し、嬉しそうに微笑み、徴矢の手ごと重なったそれを握っている。
 罵られることすら構わないとでも言いたげなほど、相手の顔は本当に嬉しそうだった。
(クソ……そういう顔されると、何も言えねぇじゃねえか……)
 自分がもしこういう場面でそんな顔をしていたら絶対に相手に張り倒されるだろうに、イケメンというのは本当に得な身分だ。そう罵りたくなったが、セオの手が不意に動いたのを感じて徴矢は思考を停めた。手に伝わる相手と自分の熱や感触が、生々しく今の状況を脳に示してくる。
「徴矢、僕のファルス、ドクドクいってるの解る……?」
「そ、そんな、こと……言われたって……っ」
 半ばセオに動かされるように動く自分の手は段々感覚が麻痺してきて、最早自分の手が自分とセオの物を触っているのかどうかすら解らなくなって来ている。
 いや、麻痺してきているのは手ではなく、自分の頭なのかもしれない。
 それほど、今の状況は徴矢には刺激が強かった。
「ああ……徴矢の手が、僕のファルスを触ってくれてる……っ……! っ、はぁっ……徴矢のファルスに、僕のファルスが擦れ合って、音を立ててるよ徴矢……っ」
「っ、あ、やめ……言うなっ、あぁ……」
「嬉しい……もうこれだけで、イッちゃいそうだよ、徴矢……徴矢……!」
「セオっ、や、あ゙、駄目だ……や、あぁっ、あぁああっ……!」
 擦れ始めたセオの声にぞくぞくと肌が粟立ち、快楽が鋭くなる。陶酔した翠の瞳を見つめるだけで堪らなくて、徴矢は顔を逸らした。だがそれは許されず、手が徴矢の顔を引き戻しセオは間髪を入れずに口付けた。そのまま口腔に舌が侵入して、息すらも奪い取るようにセオの舌が口腔を蹂躙する。
 悲鳴すらも呑み尽すキスに声を奪われ、徴矢は呻いた。
 セオの手が徴矢の手を動かして、執拗に互いのものを擦らせる。
 水音は勢いを増し、いやらしい音を立てて耳まで犯した。
 焼けそうなほど赤くなった頬に涙が流れても、セオの手は止まらない。最早徴矢の手すら快楽を追い求めて、セオのせいだとは言えないほど無意識に動き続けていた。
 触れ合う時に擦れる感覚がたまらない。
 敏感な所に触れる手や舌とは違うおかしな感触がまた不可思議な感覚を募らせていく。
 もどかしくて、けれどそのもどかしさが快感を呼んで、我慢できない。
「んっ、んんーっ、んぅ、ゔ、んぅううう……!!」
 舌を吸われて、アヒルのような情けない悲鳴が上がる。
 けれどセオは口を決して離すことはなく、徴矢の手をしっかりと己と徴矢のものに当てたまま達した。
 二人分の精液が自身を伝って二人の手に落ちる。
 その感触にようやく口を離して、セオは混ざり合った精液に塗れた己の手を見た。
「…………ははっ……なんかさ、幸せ」
「……っ、はぁっ……はぁ…………なに、言ってんだか……」
 二度目ではもう怒る意気すら湧かず、徴矢はそのまま倒れこんだ。
「……徴矢」
「なん、だよ……」
 急に声音が真剣なものになって、セオをゆっくりと見やる。
 見つめた相手は、声音通りの表情になっていた。
「いい?」
 何が、と言おうとして、口が空気を食む。
 覚悟していたとは言うものの、やはり緊張して体が強張ってしまう。
 しかしそれを察知しても今度はセオも退かず、ゆっくりとまた体を近づけてきた。
「……絶対に、優しくする。…………徴矢の記憶に、残るように」
「…………。」
 不安が無いといえば嘘になる。……だが。
「…………痛かったら、殴るからな」
「うん。努力する」
 散々迷って、拒否して、結局は許すことになる。
 思えば最初からこういうパターンで決まってしまっていたのかもしれない。徴矢はどうしたってセオに冷たく出来ず、セオも、結局自分を曲げる事は出来ないのだ。
 今こうなる事も、本当は出会ってからすぐに決まっていたのだろうか。
 セオを召喚してすぐの自分だったら、憤慨して、頭の血管も切れていただろう。きっと、納得できず延々と拒否していたに違いない。
 でも、今なら笑って許せてしまう。
 そう決まっていたのだとすれば、不思議と怖くないような気がした。
(……俺……もしかしたら、セオより先に、コイツのこと好きになってたのかもな)
 だから、どんな事をされても許してしまえた。阿呆な悪魔だと心の中で嘆息しても、結局は自分はセオのそんな所まで好きだったから付き合っていられた。
 最初から好きだったから、離れることなど出来なかったのだ。
 『恋は盲目』。
 そうだとすれば、自分は今までなんと愚かな意地を張り続けていたのだろうか。
 やはり根付いてしまった固定観念とは厄介なものなのだなと徴矢は心の中で苦笑した。
「先に慣らすから、ちょっとだけ我慢してね」
 徴矢が心の整理をしている間に、セオはいつのまにか精液塗れの手を股座の奥へと入れ込んでこちらを窺っている。
 有無を言わさない台詞に少し臆したが、徴矢は黙ってその手を見つめた。
「入れるよ」
「んっ、ぐ……」
 指が秘部にあてがわれて、ぬるりと内部へ侵入してくる。
 異物が内臓を這い上がる感覚には思わず吐き気が込み上げたが、堪えて徴矢はセオの肩を掴んだ。
 それが嬉しかったのか、セオはそのままこの前見つけた場所へと指を伸ばす。
「っあ……!」
「痛くしないために結構指いれちゃうけど、いい?」
「訊く、なっ……っあぁあ!」
 質問しておいて答えられなくなるような事をしているなんて馬鹿にも程がある。
 答えられるか、と罵詈雑言を吐きたかったが、セオはそれを察知していたのか徴矢の口が動く前に指を増やして徴矢の内部をかき回した。
「ひっ、うぁ゙……っ、や、あぁ、あぁああぁあ゙……!!」
「三本目……まだ、駄目かな……」
「だ、だめ、っだぇ、っうぁあ゙、も、もぉ、や……っ」
 じれったいような、しかし神経を直接撫でるような異質な快感に足が攣り、足先がぴくぴくと痙攣する。
 口は閉じる事を許されず、ただ赤い舌をちろちろと見せながら、徴矢は電流に体を波打たせるように指の動きに一々反応した。
「徴矢……っ、また、勃ってきてるね……」
 興奮が色濃く出始めたセオの声に、辛くて顔を歪める。
 その顔に一層興奮したのかセオは指を引き抜き、腰を進めた。
「もう我慢できないや……挿れるよ……」
「や゙っ、ちょっ……まっ……っ、あぁああ゙ぁ!」
 指とは比べ物にならない大きさのそれが、肉を押し開く。
 初めて感じる感覚に瞠目しえびぞりになる徴矢に、セオは体を合わせて抱き締めるように徴矢の体の緊張を解かせた。ゆっくりと反った体を元に戻し、そのまま固定して一気に腰を押し進める。
「痛っ、あ゙、せ、お……セオぉ……っ」
「ごめん、ごめん徴矢……もうちょっと、もうちょっとだから……」
 思ったより痛みは無かった。だが、痛い事に変わりは無い。
 体の内を穿つようにゆっくりと入り込んでくる大きなセオの自身に、徴矢はすすり泣いた。
「徴矢、もうちょっとだから……力を抜いて……」
「っ、なこと…………われたって……っ」
 無意識に締め付けてしまう徴矢の秘部を貫くのはセオも苦しいのか、顔を歪めながら徴矢の耳元で囁く。しかし、言われて力を抜けるものでもない。こちらとて苦しいのだ、抜けるものならばとっくに抜いている。
 ひっひっと嗚咽にも似た呼吸を繰り返す徴矢に、セオはほんの少しの間考えたが、やがて開いていた片手を徴矢の自身へと伸ばした。
「っあぁ!」
 いきなりぎゅっと握られて、思わず意識がそちらへ移動する。
 その隙をついて、セオは一気に徴矢を貫いた。
「い、っ、ぁあぁあ゙ぁ……!!」
「っ、はぁ……徴矢…………全部、入ったよ……解る?」
「ぜ、んぶ……?」
 息を吹きかけられるように耳元で呟かれて、徴矢は涙目で己の下肢を見やる。
 精液塗れで情けなく半勃ちした己の自身の向こう側に、相手の腹が見えた。それを知ると同時に、自分の秘部を押し広げているセオの物をはっきりと認識して、徴矢は子供のような泣き顔をしながら顔を真っ赤に染めた。
 相手の自身の動きが、形が、それにより押し広げられている部分がはっきりとわかる。
 熱くて微かに動くそれが、はっきりと自分の体内に繋がっている。
「僕……徴矢と繋がってるんだね……」
 何故だかそれが、泣きたくなる様で、嬉しくて、切なくて、幸せで……たまらない。
 苦しいはずなのに、顔は涙に濡れているのに、心は言い知れぬ昂揚に満ち溢れていた。
「幸せだ……」
「っあ……せ、お……」
 ずるりと引き出されて、また穿つ。
 次第に激しくなっていく動きに、息が上がり痛みとは違う感覚が強くなる。
 恐ろしかったあの感覚は最早麻薬のように身の内に染みこみ、指で探られた部分を突かれる度に、徴矢の中で快楽は膨らんでいった。
「徴矢っ……すみや……っ!」
「あ、ぁ゙、っひ、ぁ、あぁあ゙ぁ、あ……や、ら、や、あ、ぁあ……っ!」
 掠れた声が、次第に荒い息を吐くセオの肩が、自分を掴む汗を滲ませる腕が、全てが徴矢の快楽を高める。まるで酔ってしまったかのように頬を赤くして、熱に浮かされた顔でだらしなく微笑むセオの顔でさえ、最早快楽を加速させる要因にしかならない。
 自分を貫いて、抱きかかえて、こんなにだらしない顔をしている。
 名を呼んで、荒い息を吐くまで興奮して、ただ犬のように淫らに腰を動かしている。
 そして徴矢はソレに反応して、浅ましく声を上げて快楽を追って。
 耳を苛む打ち付けられる音も、いやらしい水音も、何もかもがもう加速装置にしかならなかった。
「愛してる……愛してるよ、徴矢……っ」
「せおっ………っ、あぁ、ふぁあ……」
 相手の抱き締める手が、力を増す。
 決して離すまいと言うように、痣でも残すくらい強く指を押し付けるセオ。その思いが嫌というほど伝わって、徴矢は応える様に両腕をセオの背中に回した。
 何も考えられない。
 ただ解っているのは、セオが徴矢を求めていることと、徴矢がセオに応えたいと言う事実だけだった。
「徴矢っ……くっ…………あ……」
「……っおれ、も……」
「……?」
 律動の最中に、徴矢は必死で息を整えながら徴矢はセオの耳元に顔を寄せる。
 橙色に近い金の髪が頬にかかり汗で張り付くが、それすら気にせず、徴矢は荒い息の間に必死で伝えた。
「俺、も……っ、あ……あい……してる……セオを、セオをっ……!」
 泣き声のような、情けない声。
 喘ぎに紛れた、はっきりとした言葉にすらなっていないような告白。
 けれど、それははっきりと届いていた。
「……徴、矢……」
 信じられない、と、セオが言葉を漏らす。
「せ、お……」
 胸を上下させて息を整えるのがやっとの徴矢を見て、セオは顔をくしゃりと歪めた。
「僕は…………今……死んでもいい」
「…………!」
 幾つもの雫が、宝石のような目からこぼれ落ちる。
「徴矢……愛してる…………愛してるよ……」
 再び抱き締めてくれる相手に、徴矢も同じように抱き返す。
「俺、だって…………ずっと……お前の事を……」
 そう、愛している。
 例えこれから離れる運命であろうとも。
 これが最後の抱擁になろうとも、愛している。
「徴矢……!」
「っあ゙、せ、お……っ、ぅああぁ、ああああぁ!」
 再び激しく打ち込まれる楔に悲鳴を上げて喉を反らす。
 セオはその喉元に噛み付くようにキスをして、自分の口の届く所に何個も跡を残した。
「徴矢、あぁ、も……僕も……っ……!」
「ひぁあっ、ら、らめ……っも、もぉ、せお……っゔ、あ、っんあぁあ!」
 視界が白くなって、セオが見えなくなる。
 だが、相手を抱いた手は空に放り出されることは無く、また自分を抱き締める感覚も離れることは無かった。
 
 
  
 ああ、きっと、この記憶は一生忘れることは無いだろう。
 
 
 
 最初で最後の、最高の感覚と、快楽。
 確かにそれを二人で感じて、セオと徴矢は同時に果てた。











    

   





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後書的なもの
 ちょっと尻すぼみかなーとおもうエロ
 でもラブラブということはそれほど酷いことはNGだろうし
 なんとか初々しさも残して男らしさも取れぬものかと
 悩んでいたらどう反応していいか解らないエロが出来ました
 と、とりあえず幸せなんだよ!彼らは!
 そんなこんなで初セックス終了
 セオの念願は成就されて晴れて両想いの開通式でしたが
 次回最終回、ありがt……王道な展開で盛大に
 期待を裏切る残念クオリティー(更なる残念具合)で
 お送りすることになろうと思うので、今の内謝っておきます
 すんません、マジで申し訳ありません。
 ではでは、よかったら最終回までお付き合い下さい。





2010/05/07...       

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