十七回目












 手術中、と書かれたランプが消灯する。
 立ち竦んだままでそれを見つめて、徴矢はゆっくりと扉に視線を落とした。
 小さな音を立てて開く扉に、賢吾の母親と車椅子の祖父……いや、父親が駆け寄る。二人は息子は大丈夫なのかと半狂乱で問いただしていたが、医師は二人を上手く落ち着けると、こちらにも聞こえるように言ってくれた。
「幸い、酷い傷はそれほど多くはありません。全治一ヶ月程度で回復するでしょう……ですが、出血多量で一時は危うく……彼の友達が見つけていなければ、手遅れだったと思います」
「あ……ああ……そうですか、そう……!」
「良かった……賢吾……っ」
 泣き崩れる二人は、ただ誰も責めずに賢吾の無事を感謝している。
 本当に善人過ぎる両親だった。
 徴矢が病院から説明になっていない説明で二人を呼び出したときも、彼らは徴矢を責めもせず、それ所か「あなたは無事でよかった」と抱き締めてくれた。
 自分の息子が通り魔に襲われたのに、徴矢に当たることもなく、ただ必死に笑ってくれた。
 本当は、徴矢よりも誰よりも、辛いはずなのに。
 明るい廊下の光さえも灯せなくなった徴矢の虚ろな瞳は、ただその光景を見てゆっくり瞬きした。
(……賢吾…………)
 あの時、賢吾は笑った。
 徴矢が賢吾を疑い、勝手に葛藤していたのも知らずに、賢吾は酷い傷を負って尚徴矢に微笑んだのだ。「ああ。助かった」と。一欠けらの疑心もなく、ただ、純粋に。
 信頼を裏切ってしまうかもしれなかった徴矢の本心も知らずに。
 そんな親友を、自分は――――
(最低なんて……もんじゃねえよな……)
 一方的に犯人だと決め付けて、誰も傷つけるなと自分勝手に願って、たどり着いたのが、これだ。
 賢吾は誰も傷つけてなんていなかった。
 全ては徴矢の思い違いで、ただの妄想で、自己満足な推理に過ぎなかった。
 賢吾は、ずっと徴矢の親友だったのだ。
(俺は……大馬鹿だ……っ……!!)
 親友が助かったと言うのに、涙が勝手に出てくる。今日は泣いたばかりだと言うのに、水道管が壊れたように止め処なく溢れて頬は乾かなかった。
 だがこれは、決して安堵や悲しみの涙では無い。
 徴矢は拭っても拭いきれない水を湿る袖で拭い、ぎり、と歯を噛締めた。
 悔しくて、情けなくて、恥しくて、堪らない。
 いっそこのまま水分を全て散らして渇ききって死んでしまいたいくらい、心が収まらなかった。
 全て、自分の不手際だ。失策だ。怠慢だ。自己完結のくだらない思い違いだ。
 全て。全て、全て、全て全て全て全て全て全て。
(賢吾を……っ、俺は、なんでああまで賢吾を…………!!)
 後悔以外の何物でもない重く苦しい感情に責められて、耐えられずに両手が視界を塞ぐ。熱い掌よりも更に熱い頬が触れて、その間を涙が流れていった。
 「自分は今悲しんでいるんだ」と自分に酔う暇さえ無いのに、脳は悲しみを癒そうと必死にその悲しみを自覚させ、涙を流させる。いっそ自分の胸を掻き毟りたいくらい自分が憎らしいのに、涙とそれに伴う疲労のせいか、手は何かを掴むことすらもう出来ないほど弱くなっていた。
 ただ泣くしか出来ないというその事実すら、腹立たしい。
 だがそれ以上何が出来るわけでもなく、徴矢はただ涙を隠して顔を覆うしかなかった。
「……愛宕君、ありがとうね」
 不意に、優しい声がする。
 ゆっくりと視界を解き放ち声の方を向くと、憔悴しきった顔の賢吾の母親が立っていた。
「あ……」
「ごめんね。賢吾の為に、何時間もここにいてくれて。ありがとう。……でも、もう大丈夫だから。こんどは貴方が休む番よ」
「でも……」
 いつの間にか掠れてしまっている声が、弱弱しく口から零れる。
 相手はそれを聞いて少し目を開くと、眉を悲しそうに寄せて、徴矢の肩に手を置いた。
「貴方だって、とても疲れているでしょう? ……当然よ、恐い思いをしたんだもの。愛宕君は自分を責めているのでしょうけど……私たちも、きっと賢吾も……誰も恨んではいないわ。なのに賢吾の為にこんなにボロボロになってしまっては、賢吾も目覚めた時に悲しむ。だから、今日は休んで……元気になってから、賢吾に会いに来てあげて」
 ね、と首を傾げ肯定を促す賢吾の母親。
 ――だけど、賢吾を被害者にしてしまったのは、自分のせいなんです。
 俺が気を付けていれば、賢吾は襲われなかったかもしれないんです。
 全部、俺のせいなんです。
 なのに、休んで、賢吾を何食わぬ顔で見舞いに来ていいはずが無い。
「…………はい」
 そう訴えたかったが、弱りきった徴矢には、もう真実を言うことすら出来なかった。




 真夜中に、ラルヴァは出現しない。
 死に物狂いで探したかったが、それではどうにもならないということで、徴矢はセオに引きずられるようにして自分の部屋に帰ってきた。セオの腕を振り払ってでも痕跡を追いたかったが、セオがいないと自分には何も出来ない。悪霊を退治することも、探すことすらも出来ない。
 何も出来ない、ただの役立たずなのだ。
 ――そこまで考えて、徴矢は思考を停めた。
「徴矢、今日はもう寝よう。兎に角休んで、それから今後の事を考えようよ。ね?」
 セオは冷静に言いながら、布団をめくって徴矢をベッドまで連れてくる。
 ふらふらと引かれる手に従いながら、徴矢はじっとセオを見つめていた。
「…………食事は、しねえの?」
 自分でも驚くほどの憑かれきった声が出るが、相手は驚かずにこりと笑って頷く。
「言ったでしょ、そんな状態の徴矢には手を出さないって」
 ああ、本当にセオは真っ正直だ。
 悪魔のクセに。
 悪魔のクセに、人間よりも素直で、純粋で、まるで賢吾のように真っ直ぐに向かってくる。
 例え性格が悪かろうとなんだろうと、その心だけは確かに素晴しいものだと思えた。
 そんな心根すらない自分には、最初からセオを貶す資格は無かったのかもしれない。
 どこからか湧き出てきたネガティブな思考を鬱々と心の中で転がす間に、徴矢はセオに促されてベッドに座りこんだ。今までずっと立って体を支えていた足が、微かに震えだす。限界だったらしい。
 じっとその足を覗き込んで、徴矢は停まったままの思考で、また呟いた。
「…………しろよ」
「え?」
 停止した思考が、問い返しを合図にぐるぐると逆回転してオーバーヒートする。
 自制をする必要がなくなった場所で、一気に感情が爆発した。
「しろよ、食べろよ。俺が死ぬまで突っ込みまくって、殺せ!! 首絞めてもいい、だから、思い切り苦しむ方法で俺を殺せ!! 殺してくれよ、セオぉ!!」
「すみ、や……」
 勝手に体が動いて、セオに縋る。
 地面に膝を付いて相手の顔を見上げるなんて、普段なら屈辱以外の何物でも無いのに、今はそうでもしないと全てが壊れてしまいそうで、もう形振りなど構っていられなかった。
「もう、いやだ……死にたい……俺を、殺したい!!」
「待って、徴矢落ち着いて」
「何が親友だ、何が信じるだ!! 疑って疑ってその結果が無実の賢吾を巻き込んだ! 賢吾は何も悪くなかったのに、俺が、俺が全部、なにも冷静に見ていられなかったから!!」
「徴矢!」
 怒鳴られるが、徴矢はただ自分を殺せといい続けた。
 思考が追いつかない。もしかしたら停まったままなのかもしれない。そう思う暇もなく、ただ口から自分を呪う言葉を吐き出し、徴矢はセオに自分を殺してとせがんだ。
 セオは半狂乱の徴矢を必死に正気づけようとしたが、今の徴矢には何を言っても届かない。
 肩を揺すっても、どれほど強く呼びかけても、元の徴矢は戻ってこなかった。
「…………っ……」
 セオの顔が、一瞬歪む。
 だが次にはセオは指を空に動かし、手を触れずに徴矢を自分から引き剥がしてベッドへと放り出した。間を空けることもせず、仰向けになった徴矢に圧し掛かり顔を近づける。
「……解った。…………してあげる」
「セオ」
 救われた、とでもいうように顔を明るくする徴矢に、相手は厳しい顔でだけどと付け足した。
「僕は殺さないし、食事も取らない。」
「……!?」
 歪んだ顔で目を丸くする徴矢の腕を固定しながら、剣呑な視線が弱い心を射抜く。
 強く光る翠の瞳に、徴矢の動きが止まった。
「だから、徴矢が冷静になるためだけに、僕は君を抱く。僕は今の弱い徴矢を好きになったんじゃない。悪魔であろうとなんだろうとつっかかって、時々信じたり、ソレに抵抗したりして、そして結局バカを見る君が好きだったんだ。……だから、今の君の言うことなんて、聞いてあげない」
「そん、な……」
 縋る声が懇願するが、セオは聞く耳をもたないとでも言うようにただ黙って服を脱がし始めた。
 微かに震える不健康な白い肌が、ゆっくりと晒されていく。ズボンも抜き取られて、徴矢は肌蹴たシャツだけを纏ったような姿になった。
 温い外気に晒されて、少し肌が湿り、胸が緊張にゆっくり上下する。
 だが抵抗する気力も無いのかそれとももう抵抗しないつもりなのか、徴矢はセオと同じように黙って、悲しげな目で相手を見つめていた。
「徴矢……君は、自分勝手だよね」
「ぅ……」
 責めるように見つめる目に顔を逸らすが、セオはそれを逆手にとって晒された首筋に顔を寄せた。
 濡れて生暖かい感触がした後、軽く噛まれる痛みと、皮膚を吸われる生々しい感覚が走る。
 思わず体をビクつかせたが、相手は構うこともせず、そのまま唇を皮膚に触れさせたまま胸へと移動した。触れる息と微かに湿る軌跡に、自然と眉が歪む。顔を隠したかったが、セオの片手で纏められた両手は動かない。それを確認する間にも、辛辣な言葉は続いた。
「死にたいのなら、僕に言わずに死ねばよかったじゃない。僕は止めなかったよ。死のうが生きていようが僕にはどうとでも出来る。徴矢がこの契約を履行し成立させない限り、僕は離れなくていいし、死んだって何もかもがチャラになるわけじゃないからね」
「あっ……あ……」
「止めて欲しかったんでしょ? 死ぬ気もなかったんじゃないか」
 喋るその歯が、まだ立ってもいない乳首を噛み、強引に快楽を注ぎ込もうとする。執拗に舐める舌は荒い息と共に敏感な部分を苛み、確実に追い詰めて行った。
 最早その部分だけを弄られても快楽を感じるようになった体は、面白いほどにすぐに反応し、徴矢はたまらなくて口を噤んだ。恥しさに喉が震えるが、しかし、絶望は消えない。
 こうなったら、もう恥しさと絶望を早く快楽でどうにかしてしまいたい。
 けれど、心の箍が外れるのは同時に恐怖でもあった。
 今度こそ、自分は行きたくなかった境地まで行ってしまうのかも知れない。自分で言い出したことだし、今更それをやめろと言っても相手も聞きはしないだろうが、やはり恐い。
 やはり自分勝手だな、と心の中で自嘲して、徴矢は迫りくる感覚に肩を震わせた。
 その間にも、セオはわざと見せ付けるように大仰に突起したそれを舐めて、横から軽く噛み付く。
 色付いて唾液で光る己の乳首に偶然目が向いてしまい、徴矢は泣きそうに顔を歪めてまたそっぽを向いた。
「それに、ケンゴ君を勝手に疑って、罪悪感に苛まれてさ。黙って自分の心に蓋をしておけばいいのにわざわざ『俺は賢吾の親友で要る資格が無い』なんて暴れて、僕に縋って……恥しいったらないよね」
「ん、ん、ぅ……っ! ふ、っ……うぅ……」
 言葉の針が感覚を鋭敏にして、ちくちくと心を刺していく。
 その傷に鈍い快楽が侵食し、更に徴矢は追い詰められた。
 触れられていないほうの乳首を触る手が、指の腹で強く突起を捻る。
「い、あっ! ……や、だ……!」
「僕に“しろ”って命令したのは徴矢なのに、どの口が……嫌だなんていうのかな?」
「いだっ、いたいっ、嫌だ、ごめん、ごめんセオ……! 謝るから、あ……!」
 情けなく許しを請うが、セオは無表情でそのまま指の力を強めて弄る。
「謝らなくて良いから、嫌だとかいうの、やめてね? あと、自分から言い出したんだから、僕が何をしても……ちゃんと喘いで、正直にどこが気持ち良いか言うこと」
「そんなっ……いっ……」
 素直に喘ぐなんて、出来るはずが無い。思わず眉を顰めた徴矢を諌めるようにまた指が動く。
 怯えた目でセオを見やるが、相手は感情の見えない笑みを薄っすら浮かべて、悪魔そのものの様子を体現していた。その雰囲気に、もう自分には選択肢が無いのだと悟る。
 相手は悪魔だ。
 こんな屑人間なんて、術一つでどうとでもできるのだ。
「ね。……徴矢。今はどこが気持ちいい?」
 指がゆっくりと力を緩めて、胸に押し戻すようにぐりぐりと乳首を弄う。
「っ……ぅ」
「徴矢が自分で誘ったのに、そんな態度でいいのかな」
 微笑んでいるように見えない顔が近付いて、そのまま耳元にたどり着く。魚のように大げさに跳ねた徴矢に、セオは低く肌を粟立てるような聲で、もう一度ゆっくり囁いた。
「別に、冷静にするためだけなら……酷く傷つけながらやっても同じことなんだけど……」
「ひっ……」
 ねっとりと耳たぶを舐められて、またぞわぞわと背中に言い知れぬ感覚が這い上がる。
 熱が体を動き初めて、依然として虐められている乳首にも鋭い感覚が芽生え始めていた。
「徴矢がそうしたいのなら……」
 粘着音を響かせて、舌がゆっくりと耳に侵入してくる。
 牙の感触が耳朶をざわつかせ、何よりもその楽しげで恐ろしい声が、徴矢を追い詰めた。
「か、った……わか、た……から! 言うから……!」
「じゃあ……今、どこが気持ちいい?」
 言うなり、指の力を強くして耳を舐るセオに、堪らず徴矢は震える声で答えた。
「み……耳、と……乳首、だ……っ」
「敬語で」
 じゃないと何も進めないよ、と脅迫する悪魔に、徴矢は泣きたくなりながらも訂正した。
「耳と、っ……乳首、です……!」
「よく出来ました」
 指が唐突に乳首を強く掴み引っ張り上げる。同時に耳の中を侵す舌がわざと大きく水音を立てた。
「ひ、ぃいい゙っ……!」
「ははっ、徴矢すごいね。こんなのでも、もう徴矢のここって反応しちゃってるよ」
 言いながら、セオは楽しそうに徴矢の股の間に入る。
 疾うに両手は解放されたと言うのに動かす事も出来ず、徴矢は涙で霞んで来た目を空へ逸らした。
 こんなの、冷静になるための行為じゃない。
 ただの、拷問だ。
 ――――だが。
「よっぽど気持ちいいんだ? こうやって恥しい事をされるの」
 セオから浴びせられる言葉も、この行為も、徴矢の意志とは裏腹に体を悦ばせていた。
「う、うう……」
「返事は?」
 笑いを含んだ恐い声が、徴矢の自身をいきなり強く握る。
 そのままぐっと握りこんで、まだ先走りすら垂れていない竿を強く扱いた。
「ひぁ゙あ゙!! き、気持ちいいですぅう!」
「あはは、ですぅって女の子みたいだよね。徴矢ったら可愛いなあ」
 痛みと共に襲ってくる形容しようのない快楽に身を仰け反らせながらも、徴矢は必死でセオに応えた。そんな自分の痴態と情けなさに、どんどん体は火照り色づいていく。やがて、痛みを伴った手の動きには先走りが絡んで、徴矢の自身は完全に悦楽を示してしまっていた。
 少し粘ったような音が響いて、徴矢は耳を塞ぎそうになる。
 だが、塞いでしまえば次にもっと酷いことになるだろう事が嫌でも予想できてしまい、徴矢はシーツを掴んでひたすら音に耐えた。
「ねえ、今痛い? それとも気持ちいいのかな?」
 その問いに肩をビクリと震わせると、セオはにやりと口を弧に歪めて更に問う。
「痛いくらいに触ってるつもりなんだけど、ねえ徴矢、どんな感じ?」
「っぅ…………」
 解ってるくせに。
 頭が痛くなるくらい顔が真っ赤になって、セオの手も滑らかに動き易くなって、徴矢の何処もかしこも熱くなって疼いてきているのだ。
 これがどういうことかなんて、誰にだって解るのに。
 なのに、セオはあえて徴矢に訊いている。
 ただ、徴矢をより一層追い詰めるためだけに。
(なんで……何で俺……セオにあんなこと言っちまったんだよ……)
「答えないの?」
 セオの爪が、竿に軽く突きたてられる。
 嫌な感覚に横目でその光景を見てしまい、徴矢はぞっとした。
 今の相手は容赦しない。ここで徴矢がだんまりを決め込んだら、絶対に次には痛みを伴う快楽が待っている。だが、それは先程までのもののように耐えられるものだろうか。
 想像して、多分痛みしか生まないと徴矢は青ざめ、眉を気弱に顰めた。
「ほら、言ってごらん」
 最後の猶予、とでも言わんばかりに言いつつ爪をすっと滑らせる悪魔に、徴矢はぐっと堪えた。
 どちらにしろ、もう自分には選択肢が無い。
 涙で霞む視界で微かに刺激される神経を感じながら、徴矢は弱々しい声で、屈服した。
「き、もち……いいです」
「こういう風に爪を立てたり、強く扱いたりしても?」
「あっ、あ゙ぁああ……っ! ……っ、持ち、いぃ……っ」
 必死に答える徴矢に、悪魔はまだ許さないとでも言うように愉悦を含んだ笑みで、告げた。
「どこが気持ちいいの?」
「っ、え……」
 更なる要求に、今度こそ目が驚き限界まで開かれる。
 意味は解っているが、脳がそれを理解することが出来ない。いや、理解を拒否している。
 微かに震え出した徴矢に、セオは嫣然とした笑みで再度問いかけた。
「だから、どこが気持ちいいのかな? もっとしてあげるから、言ってみてよ徴矢」
「そ、れ……は……」
 もしかして、それは裏を返せば「言わないとこれ以上はしない、永遠に苦しめる」ということなのだろうか。己の想像力の逞しさに呆れる思いだったが、しかし相手の様子を見ていると、それも強ち間違いでは無いのではという強い不安感が湧き上がってくる。
 無意識に怯えた顔をして心の内を曝け出してしまった徴矢に、セオは笑みを深めた。
「痛い感覚が強い快楽を一生与えて欲しいなら、言わなくていいよ」
 不安は真実だったか。
 徴矢は今度こそ青ざめて、がちがちと口内で小さな音を立て始めた歯を無理に噛みあわせた。
「子供じゃないんだから、ここがなんて言うか解るよね」
 触れる手が不意に優しく亀頭の部分を撫でる。
「んぅっ……!」
「いつも自分が言ってるように言えばいいんだよ? そうそう、徴矢、パソコンでいっつも書いてたり、見てたりするじゃない。あれを言えばいいんだよ」
 言いながら、セオは徴矢の自身を握りこんで、にやりと笑った。
「ね、徴矢。……ほら、言ってごらん?」
「うっ……う、ぅ……っ……」
 涙が零れるが、セオは何も言わない。ただ、まるで羽根で触るように徴矢の自身をすりすりと指先で擦っている。もう完全に立ち上がり、更なる快楽を欲して振るえているというのに、これでは蛇の生殺しも同然だ。こんな状態で、最後まで正気でいられるわけが無い。
 狂って、しまう。
「徴矢」
「っ……、……こ、気持ちいい、です……」
 精一杯の声で吐き出した言葉は、自分でも悔しく思うほど掠れて微か過ぎて意味を成さない。
 再び赤くなっていく頬に涙が大粒の雨のように次々と流れていった。
 だが、許しはまだ得られない。
「もっと大きな声で」
 セオの手が、強く握りこみもう片方の手でぐっと先端とくびれの部分を弄った。
「いぁあ゙あ!! き、気持ちいいですぅうう!!」
「どこが」
「ちっ……ちん、こ……ちんこが、気持ちい……っです……あ……あぁあ……!!」
 言わされた。
 笑い話で使うならまだしも、こんな時に使うとこんなに恥ずかしいだなんて思わなかった。
 まだ科学用語での言い方のほうが良かったかも知れない。いっそ、外国語の方がまだ痛みも減ったかもしれない。だが、普段使う言葉がこれしかなくて、徴矢は目を強く閉じて、たまらず顎を天井へ向けた。大量の水が、シーツに広く染みを作っていく。
「よくできました」
 嬉しそうな語尾でセオは言い、そのまま一気に徴矢を極まりまで導いた。
「あぁああ、あ、やっ、セオ、っ、ああ゙あ!」
「ほら、ちゃんと言わなきゃ」
 ぐぢゅぐぢゅと水音を響かせる己の分身に一気に熱が暴発するが、最早止めようが無い。
 徴矢は思わず両手で顔を覆い額に爪を立てながら首を振った。
「ちんこっ、ちんこぁ、ぎもちいいですぅうう、あ゙、う、ぁああ゙あ゙あ!!!」
 叫びたくなる。恥も外聞すらも無くした自分が浅ましくて愚かでたまらない。
 こんな行為をするまでは恥しくなかった単語を掻き消すように、徴矢は叫んだ。
 もう誰に叫びが聞かれてもいい、ただ自分が発した恥しい言葉だけは覆い隠したかった。
「あははは! 徴矢、そんなに気持ちいいんだ! いいよ、もっと言って、もっと恥しがって、泣いて、一度狂っちゃいなよ! ほら、イかせてあげるからさぁ! 手をどけなって!」
 言うなり強引に徴矢の顔から両手の覆いを奪い去り、セオは興奮に肩をいからせた。
 緑色の瞳が丸くなり、爛々と光っている。
 獲物を捕らえてもてあそぶ猛獣のように、その目は嗜虐心と愉悦に満たされている。
 セオの狂気と悦楽に歪んだ顔を目の当たりにしても、徴矢は何も出来ず津波のように寄せ来る快楽を受けながら情けない声で喘いだ。この間の時は、こんな状態でも冷静でいられたのに、もう冷静ではいられない。心の弱くなった自分には、何も出来ない。
 それどころか――――
 このセオの顔に、新たな快楽を……感じてしまっている。
「ほら、徴矢いくよ?! どこがイっちゃうのか叫んでよ!」
 声と共に扱く手の動きが激しくなり、親指の腹と爪が思い切り尿道口の横をぐりっと押し掻く。
 死にそうなくらいの刺激の電撃が、喉を引きつらせて呼吸を止める。
 海老のように限界まで仰け反って、徴矢はもう自分でも何を言っているのか解らないまま声を上げた。
「ちん゙こがっ、ちんこがイぎますぅうゔうぁ゙ああ゙あああぁ!!」
 喉がざらつくような悲鳴を上げて、声を擦れさせる。
 脳が白い光を幾度もスパークさせて目の前を染めた。
「あ……あ゙……あぁ……」
 びゅくびゅくとどこかの漫画のような音を真似て、精液が勢いよく迸る。
 だが自身を伝う白い液にも気付けず、徴矢は心ここにあらずという光を失った目で、ただどことも知れぬ所を見つめて体を痙攣させていた。考えることすら、今は忘れている。
 セオはそんな徴矢を嬉しそうに見つめながら、緩慢な動作で徴矢の精液を丁寧に手で掬った。
「……楽しいね、徴矢」
 放心しているとわかっているのに、セオは問いかける。
 答えない徴矢に構わず、集めた精液をそのまま徴矢の秘部に持って行きながら続けた。
「でもねえ、徴矢。僕は……」
 腫れ物にでも触るように秘部に触れて、精液を塗りたくる。
 だが、次第にセオの顔は笑みを無くし、歪んでいった。
「……僕は…………やっぱり、いつもの君が……いいよ……」
 徴矢がその切ない言葉を聞き取れない事を解っていて、セオは呟き、声に似合った顔で少しだけ笑んだ。
 そうして、少し緩んだ秘部へと指を進入させる。
「ゔ、ぁ……」
 反応が少し遅れたものの、徴矢は異物感に我を取り戻し、まだ覚めぬ目で周囲を探った。
 二度目の挿入は難なく行われたせいか、徴矢自身も何が起こったのか戸惑っている。
 次第に目に光が灯る徴矢を見て、セオも顔を元の心内が見えない冷たい微笑を取り戻した。
「いつまでも寝てちゃダメだよ。……ほら、二本目もいれちゃおうか」
「ん、んぅ……!?」
 二本目が苦も無く入り、これには流石に驚いて徴矢はセオを見つめる。
 だが止める気も無く、セオは三本目をいきなり突き立てた。
「あ゙ぁあ! なっ、こ、セオ……!?」
「この前は止めちゃったけど、今度はこれも最後までやるよ。……今日は、疲れ果てるまで狂えばいい」
「……!?」
 どういうことだ、とまた顔を歪めた徴矢に笑いかけて、セオはその指をぐっと押し込んでばらばらに動かした。
 唐突に襲ってきた不快感と異物感に徴矢は悲鳴を上げそうになったが、セオはそのままある場所を探って軽く指の腹で押し掻いた。
「ひっ……うぁ、あぁあぁぁっ!?」
 腹の内から直接神経を撫でるような、鈍くしかし強い波。
 裏返る声に、セオは気を良くしたのか、先程の意地悪さを忘れてしまったかのように優しく撫でるが如くその部分を刺激した。不可思議な感覚に口が勝手に開き、舌が引きつる。
 達したばかりだと言うのに、もう自身は少し勃ちあがりかけていた。
「さっきイったばっかりなのに、ここ、もう元気になってるよ? 徴矢って本当に敏感で快楽に弱いんだねえ。それともまだあの恥しい台詞が尾を引いてるのかな」
 過去の痴態を掘り返す悪魔に、また体の芯が疼いて、新たな快楽と相まって度が増す。
 勃ち上がりかけていただけの自身は言葉の鞭に反応してしまい、再び熱を持ち始めた。つま先からゆっくりと、しかし圧倒的な力で這い上がるような信じられない感覚に、次第に恐怖が生まれて顎が戦慄く。しかし口を閉じる事は出来ず、突き出された舌は魚の餌のようにぴくぴくと震えていた。
 頭が働かない。襲い来る快楽が、なけなしの思考を、全てを奪いつくす。
 涙と唾液でべたべたになった顔を歪めて、徴矢は細かく震えた。
「ふぁああ、あ、こわ、い、やっあっ……あぁあ゙、こわれるっ、壊れぅう……!」
「壊れなよ。死にはしないからさ。……今は、何もかも忘れて壊れていい」
 緩く掠るだけでも背を伝い脳を焦がす、全く新しい快楽。
 恐怖そのもののそれは徴矢を制圧し、ただ、怖さと気持ちよさに揺らぐだけの子供に変える。
 悔しさも、恥しさも、後悔も、全てを押しやって、ただただそれは快楽を与えた。
「セオ、せ、おぉ……! や、ら、もっ……も、ダメ、っ……っ!!」
 女のような嬌声が口から零れても、もう恥しがる余裕すら徴矢には無い。
 セオはそんな徴矢を熱に浮かされた目で見つめながら、ほんのりと染まった頬を吊り上げた。
「苦しいの? ああ……後ろだけじゃ、やっぱりまだ駄目みたいだね。じゃあ、イかせてあげる」
「はっ、あっ……ぁああぁあぁ」
 既に理性など消し屑のように小さくなってしまった徴矢は、語尾を嬉しそうにしながら喘ぐ。
 顔まで困ったような悦楽に浸ったような、何とも言えない艶を醸しだす顔になり、まるで相手を誘っているようだった。本人には一生理解できない顔だが、セオにはそれがとても好いものだったようで、目を弧に歪めてセオはごくりと喉を鳴らした。
「ほら、行くよ……?」
 指が、内部を押し開き、名すらも忘却した性感帯を強く弄る。
 同時に空いていた手が徴矢の勃起した自身を掴んで、激しく扱いた。
「あ゙っ、っあぁあ! んぁあぁ、気持ち、いいっ……セオ、セオぉお!」
 喉の奥からの声を出し続けた声は最早掠れ、甘い嬌声とは程遠い。
 しかしそれでも、セオは嬉しそうに笑い一際行為を激しくした。
「徴矢……ほら、イっていいよ!」
 中で蠢く指が、自身を握る手が、強さを増す。
 感覚で解っていても最早想像も理解も出来ず、全身がスパークするような快楽に弓なりに背を反らせて徴矢は声にならない悲鳴を上げた。
「ぁああ゙あッ……!! ――――――ッ!!」
 
 
 
 
 
 
 
 いつもより、体が、軽い。
 しかし気だるく重い心地は感じたままで、徴矢は枕に顔を埋めていた。
「……セオ……」
 呼んでも誰も答えない。
 すっきりしたはずの心はまた陰鬱な心地を呼び戻して、徴矢を更に枕へと鎮めた。賢吾や黒髪への謝罪などの思いとは違う、喪失感を伴う今まで感じたことも無いような感情。
 名前で表現する事も出来ず口を閉じ、徴矢は目を閉じた。
 ――セオは、出て行ったのだ。
 黒髪を、一人で救う為に。
 
『徴矢、君は……あのこを、殺せる?』
 夢現で思考と現実の境界さえ解らないときに、不意に問われた台詞。
 意地を張る理性すら投げ放たれたままの徴矢は、顔を歪めた。
『そう……そうだよね。……やっぱり、ここまでやってきたのは間違いだったかな』
 寂しそうなその声に起き上がれば、セオは既に何事も無かったかのように処理をして、ベッドから降りていた。上手く働かない体と頭にいらつきながら相手を目で追うが、セオは徴矢を見ようとしない。ただ、背を向けたまま、壁をじっと見つめていた。
『……君はまあ、ここまで協力してくれたんだし、だったらもう僕がやってしまえば全て完了されるんだ。ああ、ここまでやらせる必要は、なかったよね。』
『セオ……?』
 何を言っているのか理解できずに名を呼ぶが、相手は振り返らない。
 暫し沈黙が続いて、セオは不意に顔を上げた。
『ははっ、徴矢、ごめんね! もういいや。もう僕一人でやるよ』
『えっ……』
 殊更明るい声に眉を顰めるが、相手には見えていない。
『今まで騙しててごめんねぇ、あれ……あのほら、好きだとか誓いとかいったの、全部嘘!』
『は……?』
『いやあほら、だってそうやって信用させた方が、コトは早く進むじゃない? だから、ちょっと騙させて貰ったんだ。……でも徴矢って結構簡単だよね、すぐに騙されちゃって。はは、ばっかみたい』
 信じられない、と顔が歪む。
 だがセオは言葉を吐き出すのをやめない。
『本当はさ、誰からだって食事は出来るんだ。だから面倒な徴矢から貰わなくたって、僕は生きていける。……ふふっ、でもさ、徴矢ったら勝手に自分しか出来ないとか使命燃やしちゃって、嫌そうな顔して僕を受け入れてさ……滑稽ったらなかったよ』
『……お前、本気で言ってんのか……?』
『ああそうさ。解ったろ? だから、もう僕に君はいらない。』
 言い放つセオに、徴矢は静かな声で問うた。
『じゃあ、何で四六時中俺の傍にいた』
『言っただろ、顔が好みだったって。それだけだよ。だって面倒じゃないか、好みの人間を探すのって。だから、別に僕は君が好きってわけじゃなかった』
 黒い翼が羽撃き、羽根が落ちる。
 しかしそれらは地面に落ちる前に消えて、痕跡は残さなかった。
『でも、もう面倒臭い。こんなにうじうじ悩んで、自分ですら信じられず惑うような人間なんて、こっちから願い下げだ。……僕は、一人でラルヴァを退治する』
 壁に向かって歩き出したセオに、徴矢は身を乗り出した。
『お前っ……!』
 セオは、立ち止まらない。
『……さよなら、徴矢』
 その一言だけを残し、セオは壁をすり抜けて存在を消した。
 
 
「嘘が下手だ」
 鼻で笑うような声で呟いて、さっきから痛い眉間を枕に押し付ける。
 そう、全部解っていた。
「何が嘘だよ……あんなヘタクソな嘘、誰だって解るよ」
 肩を震わせながら、自分の告白や信用でさえも嘘だと言い切る背中が、何の真実を語っていようか。
 それこそ嘘だ。
 下手糞すぎて泣けてくるぐらい、幼稚な嘘だった。
「上手な嘘付くんだったら、こっち向いて笑えってんだ……」
 徴矢には全て理解できていた。
 解らないはずが無かった。
 だって、嘘を吐く度にセオの肩は震えていたのだから。
 拳を握り締めて、微かに揺れて、それでも声だけは冷静になろうと偽って。
 それがどうして、自分への裏切りや心離れの象徴に見えようか。
 決して見られるはずが無い。
「何で最後まで……お前って、悪魔らしくないかなあ……」
 悪魔のクセに、肝心な所が悪魔らしくない。
 人でなしで平気でさらっと人を貶める外道で、自分勝手で変態で腹黒でワガママ。なのに、にこにこと笑って、子供の脳味噌並の知識で初恋だと騒ぎ立てて、徴矢を……あれほどまでに、徴矢を真っ直ぐに見ていてくれていた。
 本気で励まして、好きでいてくれた。
 今ならセオの言葉すべてが信じられる。
 さっきよりも軽くなった心が、全てを物語っていた。
 セオは、徴矢に冷静さを取り戻させたくて、あれほどまでに自分を狂わせたのだ。
 他の術を知らない悪魔は、ああすることでしか徴矢を冷静にさせられなかったから。
 
 ――――まったく、悪魔のクセに、本当に……悪魔らしくない。
 
 目をぎゅっと瞑りじわじわと熱くなる目の奥を縛めながら、徴矢は頭を枕に擦り付けた。
(でも、もう……どうしようもない……)
 セオは自分から離れて行った。
 セオ自身もきっと“自分は徴矢を見放した”と思い込みたかったのだろう。だからあんな言葉を言ったのだろうが、それを理解してもセオを引き止める資格は徴矢には無い。第一どこを探せばいいかも分からなかった。
 それに、セオは自分に最大の恩赦を置いて行った。
(俺と黒髪を戦わせないようにして、もう俺が傷つくことが無いようにしたんだ)
 最早疑う余地もない真実に、対峙したセオは気付いていたのだろう。
 だから、これ以上徴矢が迷わないようにと慮って一人でラルヴァを対峙しに行ってしまった。
 たった一人で。
(俺は……俺は……どうすればいい?)
  
 どう、したいんだ?
 
 そればかりが頭の中を渦巻いていたが、やがて誰かに仕組まれたように唐突にやって来た眠りによって、思考は唐突に途切れる。
 
 
 
 
 心地良い夢すら見られず、徴矢はただ黒いだけの空間に沈んで意識を手放した。












    

   





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後書的なもの
 
ウーンウーンウウウウウーン('A`)
 ウーンウーン ン・ン・ン('A`)  (゚∀゚)ラヴィ!!
 えーと、すみません。なんか色々すみません。
 でもちょびっとみさくら化する徴矢は楽しかったです
 受けがよがりくるって最終的にみさくら化したら萌えます




2010/04/02...       

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