No.14








 

 乱暴に扉を開け、それでも敵が来やしないかと恐れが沸いて片手が鍵をかける。
 慌てて脱いだ靴が玄関に飛び散るが、長坂は構わずにそのまま部屋へと上がった。
「クソッ……兎に角先に風呂に入れて……」
 焦りが治まらずに独りでに口から思っている事が出てしまうが、気にかけているヒマは無い。腕に抱えた啓一を深く抱きこんで、シャワールームへと向かう。
 兎に角今は啓一を正気に戻す事が先決だった。
 この部屋はあまり使っていないから、ボディソープなんかはまだ残っているはずだ。
 無かったとしても、最早買いに行く暇すら惜しい。
 腕の中で未だに苦しげに声を漏らし自分の服を握り締めている啓一を見ると、その考えは確かだと言われているような気がした。
「服、取るぞ」
 脱衣所に大股で乗り込んで、啓一をそっと降ろす。
 がたがたと震える啓一は苦しげに丸まったが、心を鬼にして体を開かせてシャツを剥ぎ取った。
「ッ……ひでぇ……」
 体が熱を持って染まったせいで、くっきりと腹部の大きな痣が浮かび上がっている。
 それは早くもどす黒い色に変化していて、よほど強く殴られたのだと知ることが出来た。
(こんなガキを、三人がかりで暴力振るって強姦かよ……!)
 胸に残る白濁の跡や太腿に残った透明な液体が、明かりの下で酷く惨たらしいもののように目に映る。聞かなくても何をされたのかが嫌でも理解できて、頭がおかしくなりそうだった。
 自分がついていながら、こんなことになるなんて。
 知らずに握っていた掌に、己の爪が強く突き刺さる。だが今はその痛みすら鎮静剤にはならなくて、長坂は裸のままでまた体を丸める啓一を見ているしかなかった。
 これでは、孝太郎に顔向けできない。それ所か、代行屋と名乗る事すら恥ずかしい。
 守ってやる、と親友とこの少年に誓ったのに、結局自分は守りきれなかった。
 また……大事な物を失ってしまう所だった。
「…………畜、生……」
 ただ、呟く事しか出来ない。
 そんな長坂に、啓一は震える体を必死に動かして、今にも落ちそうに揺れる手を伸ばした。
「お、っさ……」
「……!」
 光の入らない目が、必死に自分を見ている。
 助けてと喘ぐように、啓一は口を金魚のように動かしていた。
「くる、しぃ……っ」
 喘ぐ声は、熱に浮かされて掠れている。
「解っ、てる……解ってる……もう喋んな、解ったから……! 今から風呂に入れるからな、解るか? なあ、解るか啓一!」
 見ていられなくて、抱き締めて長坂はそのまま啓一を浴槽へと落とした。
 温度に気をつける暇も無く、コックを捻ってお湯を出す。
 しかし機械がまだきちんと作動していなかったのか、シャワーからは冷たい水がどっと溢れ出た。
「つめ、た……」
 顔を歪ませて体を丸める啓一に、長坂は眉根を痛いほどに眉間に寄せた。
「…………啓一……」
 目の前のこの少年は、これほど頼りない体で、頼りない表情ばかり浮かべていただろうか。
 水に手を濡らしながら、長坂は頭を振った。
 いいや、決してこんな姿ではない。
 出会った頃は怯えもしていたが、しかしあの倉庫から連れ出した時にはもう啓一は何事も無いように振舞っていた。孝太郎の死に落ち込んでは居たものの、それでも泣き叫ぶようなことはせず、長坂の話を聞いて健気にも死の真相を知ろうとしていた。
 言葉に心を持ち崩しても、必ず自分なりに精一杯考えただろう答えを見つけて立ち直り、長坂にしっかりとした態度で挑んできていたのだ。
 理想主義で青臭い、希望を忘れない子供で。けれど、恋人の死の真相を知りたいと大人だって容易に振り切れやしない悲しみも振り切って、苦悩さえも自分の力で決着を着けて、長坂の元へ戻って来る程の強い心を持っていて。
 とても、強い人間だった。
 最初はただのガキにしか見えなかったのに。
 普通のガキと同じだと思っていたのに、気が付けば長坂は啓一に心を掻き乱されて、こんなに心配するようになってしまっていた。
 いつもなら、こんなガキ、さっさと放っておいて自分一人で行動していたのに。いつもなら、無理にでもここに閉じ込めておいて、面倒ごとは減らそうとしていただろうに。
 なのに。
「………………」
 こんなに心配するなんて、思っていなかった。
(お前がこんな姿になるなんて……思うはずねえだろうがよ……)
 
 そんな強い啓一が今こうなっているのだと突きつけられると怒りよりも先に動揺が浮かんできて、顔が歪んでしまう。
 啓一が傷つけられたのだとはっきり示されるたび、どこからか怒りがこみ上げてきて、自分がどうにかなってしまいそうだった。
 浴槽の縁を手が痛くなるほど握る。ただただ、自分が情けなかった。
「あ、つい……つぃ、よ……」
「っ! すっ、すまねえ啓…………」
 名前を呼ぼうとして、声が消える。
 触れた水は冷たく、まだ少しも湯になっていない。
「…………お、っさん……」
 呼ぶ声は掠れていて、いつもの啓一の煩くて明るい声では無い。
 体は仄かに朱に染まり、目は潤み、肩をゆっくりと動かして浅い呼吸を繰り返していた。
「…………」
 段々と水から湧き出てくる湯気が、目の前の相手を見たことも無い人間に変えていく。
 それは長坂が一番知っている表情で、一番、啓一にして欲しくなかった、顔だった。
「熱、い……くるしいん、だ……なあ…………お、れ……どうして……」
 湯気に見え隠れする足が、擦り合わさって揺れる。
「啓一……」
 心の中から溢れ出そうとする何かを必死で押し留めようとするが、鼓動が早くなるばかりで抑えが利かない。そんな自分が滑稽だと言うように、喉がごくりと鳴った。
 濡れる手に、青筋が浮かぶ。
「おれ……や、だ…………へんに……なりたくない、よ……」
 荒い吐息の間から漏れる声は、幾度も聞いた誰かの睦言を思い出す。だがこの声は、今まで抱いて来たどの人間の声よりも、自分を浅ましくさせていく。いつもなら、こんな声を出されても反応なんてしなかったのに、なのに、今の自分は。
「……それは……薬の効果だ。…………我慢しろ、抜けるには時間が掛かるが治る。絶対に……」
 治る、と、目を逸らそうとした、刹那。
「…………なが、さか……さ…………助け、て……」
 伸ばされた手が、長坂の手に重なる。
 掠れた声が、潤んだ瞳が、火照った体が――――自分を、誘う。
 濡れた掌の柔らかい感触が、その気もないだろうにゆらりと手の甲をなぞる。いつもは元気そうな丸い目も、信じられないくらいの色香を灯して自分を見つめていた。
 脆い理性が、いとも容易く崩れていく。
 現実にはありえないと思っていた相手の姿が現実に現れただけで、これほど自制を利かなくさせるなんて、思っても見なかった。
「そ、それは薬の……」
 最後の理性が必死に抗おうとする。だが、人一倍弱いそれは、もう役には立たなかった。
「ながさか……っ……おね、が…………」
 止めを刺すように、狂おしげな声が、耳を擽る。
――――――っ」
 ついに、心の中の何かが切れた。
「………………啓一……」
 自分が濡れるのも気にせず、細い体を引き寄せて、抱き締める。
 人形のように力なく身を預けた相手に罪悪感を感じながらも、長坂は啓一の顎を捕らえて触れるだけの優しいキスをした。
 
 
 
 
 
 
 熱に侵されて、体の感覚が麻痺している。
 揺さぶられる感覚も、本来痛いであろう部分への痛みも、何も感じない。
 ただよく解らない感覚に叫び続けて、天井を仰いで、ぐるぐると回る世界をぼんやりとした視界で流し見て。まるで自分の思考だけがどこか別の場所にいるようで、夢を見ているようだった。
 あれほど怖いと思っていたことが、他人事のように行なわれていく。
 最初から自分の体が自分のものでは無い感覚だったから、こうもおかしいのか。
 考えてみたが、それも夢の中での思考のようで、啓一には考えることが出来なかった。
 ただ、体が揺れている。視界に、天井が映っている。
 何故こんな事をしているのかと悔やむ気持ちすら、湧いて来ない。
(オレ……なんで……こんなこと、してるん、だっけ……?)
 ぐるぐる回る世界が、だんだん頭の中を不快にしていく。
 その中でたったひとつ、はっきりと見えたものがあった。
(……おっさん…………?)
 時折自分を覗き見る、長坂の顔。
 けれどその表情は、いつも見ていた表情とは違っていた。
 
 まるで子供のように、「悲しい」と顔を歪めている、情けない顔。
 
 こんな顔、今まで見た事が無かった。
(なんで…………んな顔、してるんだよ……なさけない、なあ……)
 しきりに口を動かして、頬を寄せてくるが、何を言っているのか解らない。
 けれど、何故か――――長坂が後悔しているということだけは、痛いほど感じた。
 らしくない。何を謝る事があるのか。
(らしく、ない……よ……)
 
 勝手に外に出て行って捕まってしまったのは、オレのせいなのに。
 普通のあんたなら、ムカツク顔で笑うか、うざいくらいに怒ってくるのに。
 なのに、そんな顔してるなんて。
 あんたらしくないよ、長坂さん。
 
 そういってやりたかった。
 長坂の表情はそれほど辛そうで、今にも泣き出しそうだったのだ。
(こんな、とき……孝太郎さんなら…………どうした、かなあ……)
 彼の親友だった孝太郎なら、きっと慰めてやれただろうに。
 今の自分には、何も出来ない。
(ああ、オレ…………格好悪りぃなぁ……)
 初めて、長坂に何かをしてやりたいと思ったのに、こんなに泣きそうな相手に自分は何もしてやれない。
 せめて笑ってやるくらい、いつもの自分なら出来たはずなのに。
 
 どうしてだろうか。
 そう思うと悲しくて、啓一は知らずに涙を流していた。
 
 
 
 
 
 
 
 啓一が正気に戻れたのは、まだ暗い日の出前くらいの時刻だった。
 部屋には時計が無いので何時なのかは解らないが、朝にはなっているのだろう。カーテンの隙間から見える空は、うっすらと明るくなっていた。
 横たわったままでそれをぼんやりと見て、啓一は放心したような顔で、一つ瞬きをする。
 正気に戻ったとは言え、頭はまだはっきりとしていなかった。
(オレ…………どうしたんだっけ……)
 足を動かすと、腹と腰、そして臀部に鈍い痛みが走る。
 何故そんな所がと考えて、ゆっくりとだが昨晩の事が頭の中で再生され始めた。
(……確か、捕まって……腹殴られてレイプされかけて…………それから……)
 それから、記憶が曖昧でよく解らない。
 下半身の鈍痛は良く伝わってくるのに、他の感覚はまだ鈍すぎてよく解らなかった。
 何があったのかさえおぼろげで、いつ戻ってきたのかも定かでは無い。啓一は面倒くさげに眉を顰めると、枕に頭を乗せたままで少し頭を動かした。
「…………のど、かわいた……」
 ぼそりと口にした声が、何と言ったのか自分でも判別できない程に掠れていて驚く。
 そんなにあの男達に抵抗した時に叫んだのだろうか。
(やば……水飲んで、早く声戻さなきゃ……)
 と、体を起こそうとした時。
「ん……?」
 体が重い。
 何かに巻きつかれているような感じがする。
 訳が解らないとでも言うように背後を振り返って、啓一は瞠目した。
「え……」
 腰からするりと落ちるのは、逞しくてすらりとした腕。
 腕の先には、裸で横たわって目を閉じている長坂がいた。
(ちょっ……え…………これって、え……え……!?)
 何故自分は裸で長坂と寝ていたのか。
 どうして自分の体は痛いのか。
 何度も何度もその問いが頭の中をぐるぐると回ったが、ある時、まるでボールがゴールにシュートされたかのように脳裏に一閃が走って、記憶の扉が開いた。
「あ…………そう、だ…………オレ…………」
 熱でぼやけた記憶がゆっくりと甦る。
 記憶は、啓一自身でも信じられないようなものだった。
 ――――自分を必死に介抱する長坂に熱いと訴え、どうにかして欲しくて縋って、抱きついて。
 頑なに拒否していたはずの行為を、あっさり受け入れた。
(…………)
 嘘だと思いたかったが、腰と臀部の鈍痛はそれの記憶が真実だと証明していた。
(そうか……オレ…………よりによってこのオッサンとヤっちゃったんだ……)
 じっと見つめた相手の寝顔は、いつもの自分をからかうような表情とは違って幼げな寝顔だ。眉を顰めて、どこか苦しそうにシーツに沈んでいる。
 その姿に、啓一は一つ溜息をついた。
 普段の自分なら怒るか混乱しているだろうに、何故かそんな気にはなれなかった。
(…………怒れないよ、なあ)
 熱に浮かされながらも微かに覚えていた記憶の中。
 断片的にしか思い出せないその中で、たった一つだけはっきり覚えている映像があった。
 揺れる視界の中で啓一を覗き込み、泣きそうな顔で何度も何度も、苦しげに顔をゆがめる。
 震える口が繰り返し同じ形を作って何度も何度も同じ言葉を繰り返していた。
 あの時は長坂が何を言っているのか分からなかったが、今なら解る。
 長坂はずっと……自分に、謝っていたのだ。
 ――――すまない。すまない、ごめん、すまない……。
 夜の帝王とまで揶揄されているような人間が、初めは自分の都合だけで啓一を襲った人間が、自分を貫きながら子供が涙を我慢しているような顔で謝っていた。
 まるで、孝太郎のように。
(怒れるはずがねえよ……そんな何度も謝られたら……)
 苦笑して、啓一は長坂の顔をじっと見つめた。
「孝太郎さんって、似たような奴ばっかりと友達になってたんだな」
 不器用で、大人なのに子供のようで、ふとすれば自分達よりも幼い顔に変わる。
 長坂も、坂目も、孝太郎も、性格はバラバラなのに、みんな笑ってしまうくらい心根が似ていた。
 啓一よりもずっと、純粋で弱い。けれど憎めない。相手を一心に見ている。
 そんな、少し羨ましくなるような心根だ。
 長坂もいつもはムカツクおっさんだが、本当はそういう人間なのだろう。
 眠っている長坂を見ると、不思議とそう感じた。
「ん…………」
(お、起きるか)
 じっと見ていた寝顔がもそりと動き、眉がまたぐっと寄る。
 シーツに落ちた手が無意識に何かを掴もうとしたが、空振りに終わってまた沈んだ。それに気付いたのか、長坂はようやくゆっくりと目を開く。
「ん、ん゙……?」
 薄っすらと開いたオリーブグリーンの瞳に、啓一の顔が映る。
「おはよ」
「おは…………っ、ッ!?」
 何の気もなしに掠れた声で言ってやると、相手の目が見開かれた。
 咄嗟に、掛け布団を弾き飛ばして起き上がる。
「けっ、けいいっ……!!」
 ボサボサの髪も寝ぼけた顔も気にせずに、一直線に自分を見て動揺する長坂。
 啓一はそんな相手にしばし驚いた目を向けていたが、やがて、呆れたような顔で笑ってやった。
「オヤジくさ。髪ボサボサじゃん、格好わりーの」
 言いながら何の怨嗟もないように微笑む啓一に、長坂は格好悪いといわれたその格好を治すでもなく、ただ、情けない犬のように肩を落としてじっと啓一を見ていた。
 何にそんなに怯えているのかなんて、バカな啓一でも解る。
 けれど相手が開口一番何を言うのか知りたくて、黙って長坂を見ていた。
 すると。
「…………最低だって、思ってねぇのか」
 長坂は更に肩を小さくして、怒られている子供のように目を伏せた。
 啓一はそんな相手に少し拍子抜けして、言葉を返す。
「そりゃ、思わないことも無いけどさ。……でも、あん時はオレもあんたを煽るような真似してたんだし」
「けどっ……」
 今までの居丈高さなんて微塵も感じない、どこか縋りつくような声で、長坂は啓一から否定の言葉を引き出そうとする。啓一が怒らないはずなんてないと、相手も解っているのだ。
 だが、だからこそ啓一は怒ることが出来なかった。
「確かに、ショックは受けたし、尻も腰も痛い。でも、あんた…………泣きそうだったじゃん」
「……っ」
 覚えていたのか、と瞠目する長坂。
 頷いて、啓一はばつが悪そうに笑った。
「それに、オレ…………何でか、前あんたに襲われた時みたいな感じしないからさ。……だから、もう、いいよ。体調も良くなったし」
「啓一……」
 解り易いまでに顔をホッとした表情に緩める相手に、啓一は内心溜息を吐いた。
 だったらあんな事をするんじゃねえよ、と思う心はあるのに、どうしたことか長坂の普通じゃない様子に流されて、自分も普通の思考を失っている。
 あれだけ孝太郎に捧げる様にして守っていた物を失っても、別段心は痛くなかった。
 つまり、自分は長坂とセックスしてしまった事に何も負い目を感じてはいなかったのだ。
 募る負の感情と言えば、その負い目を感じないことへの罪悪感ぐらい。
 本当に、自分でも訳が解らなかった。
(オレ…………あんまり色々有りすぎておかしくなってんのかな……。ま、いっか……)
 どうせ、そんなもの後生大事に守っていても、一番捧げたかった人はもういない。
 悩んで暗くなるくらいのものなら、失くして良かったのだと思うことにしようではないか。
(今は、オレの体の事なんてどうでもいい。孝太郎さんの事の方が大事なんだ)
 孝太郎の死の真相を知るまでは、自分の体のことなんて一々考えていられない。それに、長坂に助けて貰わなかったらどの道自分はあの素性も知れない奴らに犯されていたのだ。
 それを思うと、まだ長坂で良かったと思える。
(って何考えてんだオレは!! 兎に角、あれだ、そうだ、仕切りなおしだ!)
 何だか自分でも考えている事がよくわからなくなって、啓一はベッドを降りた。
「おい、どこに……」
 心配そうに言う長坂に少しイラッとして、啓一は片眉を寄せて振り返った。
「水に決まってんだろ、オレ声ガラガラなんだけど」
「あ、ああ……」
 啓一の言葉に、長坂は納得したように頷いて頭を掻く。
 どうにも相手らしくない。
 啓一は肩を動かして大きく溜息をつくと、長坂にびしっと指をさした。
「あのな、あんたがどう思ってるかは知らないけど、一々あんたが傷つくなよ!! そりゃオレの役だっつーの!! つーかオレが落ち込んでないんだから、あんたも落ち込んでんなよ! あんたがそんな情けないと、オレも調子狂うんですけど?! もーいいから、さっさと元に戻れってんだよ! なあ、あのすんげー嫌な長坂にさぁ!! な!?」
「…………あ、はい……」
 間抜けな素の返事が返る。
「ぐっ……」
 ぽかんと口を開けて、無意識に頷く顔が間抜けすぎて、口の端がひくりと動く。
 なんだか笑いたくなったが、曲がりなりにも怒っている自分から笑ってはならないと、啓一は慌てて踵を返した。なんだかもう、互いに別人のようで、部屋にいられない。
「いいか、オレが帰って来るまでに戻れよバーカ!! このクソ夜の帝王!!」
 罵る言葉でさえなんだかもう、小学生のようでどうしようもない。
 怒ったように扉を開けて、啓一は慌てて廊下へと逃げ込んだ。
 バタン、と閉める扉に背をもたれて、一度大きく深呼吸をする。
「……はぁ。オレ、本当に調子狂ってるな」
 胸に手を当てると、心臓は激しく脈打っていた。
 こんなに激しく動揺したのは、選抜に選ばれた時か、孝太郎とキスした時くらいだ。
 暫し息を整えることに集中してから、啓一は情けなく顔を歪めた。
「ああ言ったは良いけど……。あいつ、元に戻って無かったらどうしよう」
 逃げたは良いが、何も策を考えていない。これで部屋に戻って長坂がまだ惚けていたらお終いだ。どうしようもない。
 こんな風だから友達にも両親にも長坂にも馬鹿にされるのだが、だからってもう自分の性格なんて変えようが無いだろう。
 さっきの冷静で慈悲深い自分はどうしたのかと嘆きたくなったが、こっちが本性なのは自分でも解っている。多分、さっきのは長坂につられてしまっていたのだけなのだ。
 つくづく自分の性格が嫌になると思いながら、啓一はとりあえず水を飲みにキッチンへと向かって裸足を一歩踏み出した。……と、自分が素足である事にやっと気付く。
「あ……そういやオレ……全裸じゃん……」
 ということは、さっき自分は素っ裸で長坂に怒鳴っていたのか。
 ぽかーんとした長坂の前で、フルチンで説教していたのか。自分は。
「…………うわ……もうオレ、あの部屋戻りたくないんだけど」
 そんな事にすら気付かないとは、やっぱり自分はバカだ。

 










  
   





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後書的なもの
  エロを入れようかと思ったのですが
  何より啓一の意識がこんなもんだし
  来るときの事を考えてすっとばしました
  
  
  実はこれでずっと迷ってたなんていえない……(言ってる

  

  

2011/05/22...       

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