No.08








 

「とまあ、そういうことなんだが……」
 座って単刀直入、簡単に事のあらましを長坂が説明すると、エミリーは小難しげに顔を歪めた。
「そぉ……。コータローちゃん、やっぱり自殺じゃなかったのね」
 女らしくしなを作り、可愛く顎に手を当てるエミリーに啓一は顔を上げた。
「って……どういうことですか?」
 一応かなり年上みたいなので敬語を使って問いかけると、エミリーはなんだか嬉しそうな笑みを見せて体を一度くねらせる。何だかちょっと悪寒を感じるが気のせいだろうか。
「まあねえ、伊達に十五年裏社会渡ってるわけじゃないもの。自殺かそうじゃないかなんてのも大体予想がついてくるものなのよ。……それに、アタシもコータローちゃんには何度かあった事があるけど、とても自殺するようなタマの小さい男じゃなかったわ」
 それは洒落で言ってるのか本気で見たのか、と判断しかねていると、長坂も頷く。
「なら話が早ぇえ。コイツを狙ってる奴らとアイツが死んだ原因、教えてくれ」
「うぅん、ちょっと待ってよ、性急ねぇ。天下のエミリーちゃんでも調べる前に情報はあげられないわよ! ……でもまあ、予想は大体できるけど……暇つぶしに聞いていく?」
 エミリーの目が何か真剣な光を宿したのを見やって、長坂は頷いた。
 啓一にもエミリーは「いい?」と問いかけたが、啓一には拒む理由が無い。出来れば他の人間の見解も聞いておきたかった。もしかしたら、何か新しい発見があるかもしれない。
 頷く啓一を確認して、エミリーはグラスの中の酒を一気に飲み干した。
「……ふう。…………まず、啓一ちゃんを襲った奴らは……間違いなく、ウチらの中で糸が付いてる奴らね。……あ、【糸が付いてる奴】ってのはね、裏に関係する人間が操ってる奴のことよ」
 覚えていてね、とまたハートマークつきで言われて啓一は反射的に頷く。
 何だか慣れて来た。
「ってぇことは、またこっち関係か」
「そうね……考えたくは無いけど、コータローちゃんも関わってた可能性が大きいわ」
「……それ、どういうことですか?」
 もしかして、孝太郎が危ない事をしていたと言うことなのか。
 言いたい事が顔に出てしまっていたのか、エミリーは慌てて手と首を振った。
「違うのよ〜、啓一ちゃん! アタシもコータローちゃんが黒かったと思いたくないわ。そうじゃなくて、巻き込まれていた可能性が高いってことなの」
「巻き込まれてた……?」
「そう。だから、抵抗して殺された。解ってることだと思うけど、啓一ちゃんを狙ってる奴らはその犯人の差し金でしょうね。多分……啓一ちゃんがコータローちゃんの殺された理由に関係があるか……それとも」
 ピッとしっかりした骨組みの指にさされて、啓一は思わず指先を見る。
「それとも……啓一ちゃん自身に、あいつらの追う理由があるのかも」
「なんだそりゃ?」
 何でだよ、と訝しげに顔を顰める長坂にエミリーは小首を傾げて笑った。
「オ・ン・ナの勘、かしらね〜。……ま、ドラマでよくあるじゃない? あくまでそういう予想をしただけ。……でも、こんなケースで狙われる理由って、案外古典的なモノよ。今も昔も“そういう”おバカちゃんのやることは変わらないわ」
 蠱惑的な笑みを浮かべながらまたグラスを傾けるエミリーに、啓一はなんだかドキッとした。
 毒されてきたのだろうか、という思考も今は湧かず、啓一はエミリーに言葉を返す。
「でも、オレ何も知らないし、第一狙われる理由なんて……」
「そうよねぇ〜。本人にも解らないんじゃ、アタシだって幾らなんでも解らないわぁ〜」
 こればかりは思い出してもらうか、調べるかしないと、と言うエミリーに長坂は向き直った。
「兎に角、何も情報がねえんだ。金は出来るだけ払ってやっから、頼む」
「あら、珍しいわね。いつもは踏み倒す勢いでまけろまけろっていけず言うくせに」
 目を丸くしてエミリーが冗談っぽくいうと、長坂は意外にも真面目な顔で返す。
「……こればっかりは、ガセ掴まされるワケにゃいかねーんだよ。…………どうしても」
 口を一文字に引き締め、今までになく真剣にエミリーを見つめる長坂に、エミリーは暫し黙って視線を絡ませていたが――――やがて、ほんの少し顔を赤らめて口を弧に曲げた。
「アンタ、そんなイイ顔向けんじゃないわよ、もう! 浮気したくなっちゃうじゃないっ。……冗談よ。安心なさい。コータローちゃんはね、アタシにとっても大事なオトモダチだったわ。だから、今回は料金だのなんだの四の五の言わないで調べてあげる。今回だけの出血大サービスよ?」
「エミリー……」
 目を瞬かせる長坂の唇に己の指を当てて、エミリーはそれ以上いいっこなし、と微笑んだ。
「長い付き合いでしょ。アンタの真剣さも充〜分、解ってるつもりだから。その代わり、アンタ啓一ちゃんに手ぇ出すんじゃないわよ。アタシコータローちゃんの墓前で言い訳したくないんだから」
「言われなくてもださねーよ!」
 誰がこんな青臭いガキ、と吐き捨てられて、反論しようとしたがエミリーがそれを遮った。
「それと、啓一ちゃん」
「っ、あ、はいっ!?」
 慌ててエミリーを見ると、相手は面白そうに眉を上げた。
「アナタ、強い子ね。……こんなカマじゃ頼りないかもしれないけど、これでも腕は確かだから信じていてね。……アタシも啓一ちゃんのこと少しは聞いてたの。コータローちゃん、アナタのこととっても愛してたわ。だから、アタシも今回の事件は納得が行かないの。アタシだったら、カレを置いて死んだりしないわ。だって、愛ってそういうものでしょ? コータローちゃんだって同じだったはずよ。……だから、気をしっかり持っているのよ。……必ず、この脇崎エミリーがコータローちゃんの殺された理由を突き止めて見せるから」
 冗談のような口調で吐かれる言葉は、果てしなく重い。笑いを含ませた顔にはめ込まれた少しやぼったい男らしい目も、ただ真剣にこちらに向けられていた。
 彼女は、それほど自分達のことを信じてくれているのだ。
 何だか胸が熱くなって、啓一は何度も頷いた。
 ここでも、孝太郎と自分の絆を信じてくれている人がいる。決して、孝太郎が世を厭い自殺したのではないと強く信じてくれている。それだけで、啓一は救われる気がした。
 嬉しくて、安心したような笑みを浮かべて目元を拭う。
 すると、エミリーは顔を緩めて胸元でギュッと握った拳同士を合わせた。
「ああっ、コータローちゃんが啓一ちゃんにメロメロだったの、解る気がするわぁ……」
「へ?」
 誰かに言われたような言葉に思わず目を丸くしていると、エミリーは席を立ち、啓一の傍に寄った。どうでもいいが立ち上がるとエミリーは相当背が高い事がわかる。
 ハトの様に丸くなった目のままでエミリーを見上げていると、唐突に相手は啓一を抱きしめた。
「もー、カワイーっ! 啓一ちゃん、全部終ったら絶対また来てねぇ〜っ! お姉さん達がネコのいろんなこととか相談に乗ってあげる、ううん、人生まで変えてあげちゃうからあ〜」
「くっ、くるし、ろ、ロープ、ロープ!!」
 胸板が、胸板が痛い。
 思わず長坂に助けを求めたが、長坂は我関せずといった具合にタバコを食み、ぷかぷかと煙を浮かべて半眼で自分達を見ていた。
「あー、お前また組合に引き入れるつもりか」
「失礼ねえ! ネコ専って繊細なのよ、女の子よりももろい砂糖菓子なんだからっ! そんな子達を守ってやれないで、何がナンバーツーよ。アンタだってねえ、ご大層な仇名もってるんだから、タチ集めて、寂しいネコちゃんに配分してあげなさいよ!」
 啓一を抱きしめたまま長坂を非難するエミリー。やっと姿勢を変えて胸元から脱出した啓一は、エミリーの言葉に眉を顰めた。
「あ、あの、組合って……」
「んー。まあ、いわゆる町内会みたいなモノよ〜。ほら、ここネコちゃんが多いでしょ、だから色々とあってね〜。そういうのなくすタメにお節介やいてるの」
 テレビでいうオカマの双子の派閥みたいなものだろうか。
 確かに皆で集まって話し合いでもすれば、皆仲間な分早く解決しそうだし色々と便利かもしれないが、どうもそういうものは怖くて足が引ける。いずれ入らねばならないのだろうか。
 青ざめる啓一を置いて、長坂はケッと吐き捨てる。
「他の奴のお守りなんざごめんだね」
「もー! アンタね、アンタのせいでネコ同士の喧嘩とかも起きてるんだからね、ちょっとは反省してシモのほう慎みなさいよ! いつか病気貰うわよ!」
 ネコ同士、ということは熊男のあの一団と美少年が掴みあいの喧嘩でもしているのだろうか。
 長坂の相手をするのは自分だと。
(ああ考えたくない……)
「煩せえんだよ、ちったあ男に戻れよ英治郎」
「その名を呼ぶんじゃねぇえ!!」
 ハスキーボイスが獣の怒号に化けた。
 目を見開いて固まる啓一に気付いたのか、エミリーはホホホと口に手を当てて啓一を放した。
「や、やっだぁ……啓一ちゃん、怒鳴り声聞かせちゃってごめんね〜」
「い……いや……」
 やはり心は乙女でも時折男に戻るらしい。
「ともかく、この事件終わったら色々話聞いてもらうわよ。夜の帝王さん」
「……夜の帝王?」
「バッ……それ言うんじゃねえ!!」
 急に慌ててエミリーの口を封じようとした長坂を華麗に躱して、エミリーは勝気に笑う。
 一方啓一は何だか一昔前に流行った様な単語を聞いて眉を寄せていた。夜の帝王って、物凄く古いと思うのだがここでは現役の仇名なのだろうか。しかも若作りしてそうな長坂にその仇名とは、オッサン臭さに拍車をかけているのではないだろうか。
 長坂をじっと見る啓一に面白げな笑みを浮かべながら、エミリーは更に付け足した。
「啓一ちゃん、知ってる? 総悟ってね、ネコなら誰彼構わず食っちゃって、その上その感覚が一日も無いくらい超絶倫ペースだったから、ここのネコ達に【夜の帝王】とか言われちゃってんのよお〜〜。もうホントどんだけーって感じよねぇ〜」
 ニヤニヤと長坂を挑発するエミリーに、長坂は顔を真っ赤にしてギリギリと歯を鳴らす。
 人目があるが故、怒鳴ることも殴ることもできなくて我慢しているようだ。
 余程この仇名で呼ばれるのが嫌なんだな、と啓一も笑っているとエミリーが耳打ちしてきた。
「啓一ちゃん、これで、総悟と喧嘩する時のカードが一つ増えたわね」
「おいっ、テメー変な事吹き込んでんじゃねーぞ!!」
「やーねぇ、アタシはただ同じネコとして、親睦深めてただけよぉ。ねー、啓一ちゃん」
 にっこりと笑うエミリーに笑い返して、啓一も長坂にべっと舌を出した。
 最初はどうなることかと思ったが、エミリーはどうやら全面的に啓一に味方してくれるらしい。長坂をも手玉に取るエミリーの腕に惚れ込みながら、啓一は何だか嬉しくて笑みを深くした。
 エミリーも嬉しそうに顔を綻ばせて、長坂に顔を向ける。
「ま、冗談はこれくらいにして……。とにかく、色んなツテ使ってノンジャンルで情報仕入れてみるわ。出来る限り協力するから、なにか問題が起きたら言って頂戴」
「……わかった」
 再び女性のように足を組んで蠱惑的に微笑むエミリーに、長坂もクールダウンする。
 そんな頃合を見計らったかのように、先ほどの礼服の男が急に姿を現した。
「エミリー、約束の時間が……」
「あら、もうそんな時間? 早いわねぇー。……じゃ、とりあえずここまでにしておきましょうか」
「そうだな。……なるべく早く頼む」
 静かに頼んだ長坂に、善処するわとウィンクしてエミリーは席を立った。
「……俺らも行くぞ」
 面倒臭そうに立ち上がる長坂に頷きながら立ち上がり、啓一はエミリーを見上げた。
 やはり彼女は背が高く、どこかのアスリートのように無駄のない肉体をしている。男ならば憧れたものを、と少し残念に思いながら、決して薄くはない化粧をした相手に真剣な目を向けた。
「……あの、エミリーさん」
「エミリーでいいわよ」
 微笑むその笑顔は、男か女かなんて関係ないくらい優しい。
 啓一は困ったような笑みを浮かべて、歪んだ口を開いた。
「お願いします……オレ、何にもできないけど……でも、知りたいんです、孝太郎さんのこと……」
 自分でもどういったらいいか解らない感情で、どうにか口をついた言葉。
 エミリーは暫し啓一を見つめていたが、やがてその大きな掌で優しく啓一の髪を撫でた。
「アタシはね、啓一ちゃん。愛した人とネコの子には、絶対に嘘をつかないことにしているの。…………だから、安心して待っていてね」
 掠れた声が、いやに心を安心させる。
 啓一は微笑んだエミリーを見つめて、力強く頷いた。
「じゃあ、またね。啓一ちゃん」
 そっと手を離して礼服の男と奥へ帰っていくエミリーを見送り、溜息をつく。
 何故だか、とても大きな安心が心を漂っているようで、彼女に任せておけば絶対に何か掴めると言う思いが心を包んでいた。彼女が何故凄腕の情報屋なのか、なんとなく解った気がする。
 長坂の背中を見ながら店を出て、振り返りながら啓一は問いかけた。
「なあ、これからどうするんだ?」
「そうだなあ…………証拠探しにでもいってみっか」
 今思いついたようにだらしの無い声で長坂はタバコを噛む。
 エミリーの言葉は確実に信用できると感じると思えるのに、何故この男の言葉はこう無責任で信用出来ない気持ちを覚えるのだろうか。これでは年収億も稼げるのかどうか怪しいものだ。
 啓一は再び長坂に訝しげな目を向けながら台詞を返した。
「証拠探しって……どこに。病院?」
 今の時間なら夜間外来しか空いておらず、見舞い客も殆どいない。
 どうせ事件現場には通してもらえないだろうから忍び込むには今がうってつけだ。
 しかし長坂はがしがしと頭をかき回してタバコを道に捨て踏みつける。
「うんにゃ。綺麗に掃除されて証拠品一つ残ってねぇ場所にいっても、得られるもんなんてねーよ」
「じゃあどこ探すんだよ」
 間も置かず突っ込む啓一に、長坂は振り返って指を立てた。
「アイツの家に決まってんだろ」
 捜査の基本だ。と付け加えられても、二時間サスペンスも刑事ドラマすらも見ていない啓一には何が基本なのか解らない。ただひたすら、長坂の言葉に首を傾げるばかりだった。










   





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後書的なもの
  エミリーはカレシ持ちです。だってナンバーツーですから!
  ガタイが良くて工事してないんですが、カレシいます。
  何故かって工事済みだとBLになんないからです。
  あと長坂は啓一から既に信用ならないオッサンとして見られてますが
  26て実際オッサンじゃないよね……
  26でオッサンババアだったら私はどうすりゃいいのか。

  

2009/06/14...       

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