No.07








 

 代行屋って何?
 と聞いて、答えが返ってきたのは車に乗って数十分経った頃だった。
「お前、タクシー代行って聞いたことあるか?」
「あ、知ってる。確かタクシー会社が自分の車を目的地まで運転して行ってくれて、自分は別にタクシーに乗って行くって奴だろ。酔っ払った父さんがよく使ってる」
「まあ、最近有名だわな」
 不景気だからなあ、との呟きが何に係っている言葉なのか気になりつつ、啓一は長坂が説明するのを根気よく待った。ここでヘソを曲げられたら、この先教えて貰えるかわからない。とりあえず共に行動する相手の職業くらいは知っておきたかった。
「じゃあ、買い物代行とか事務代行とか電話代行とかはどうだ」
「どうだって……全部、その人の代わりに業者がやってくれるって奴だろ?」
 そう言って、啓一はハッとした。
 啓一が何を言いたいのか解ったことに、長坂は満足そうに口を弧に歪める。
「そう、全部業者が代わりにやってくれるっつーシステムだ」
「あんたの仕事って、そういうこと?」
「まあ、厳密に言えば違うかも知れんが、大まかに言えばそういうこった」
 中心街に入ってくると、流石にこの時間帯は車が多く少し渋滞する。司部の中心は歓楽街やオフィスビルが立ち並ぶ場所が多いこともあってか、夜になると小さな渋滞はあって当然のものだった。
「大体想像は付いてるだろうが……まあついてなきゃノータリンだが……それは置いといて、俺はお前らがいう所の【裏社会】って奴の人間だ」
 裏社会とは、テレビなどでよく聴く、アウトローで殺し屋なんかもいたりする真っ黒な世界の事だろうか。心の中で問いかける啓一に答えるように、長坂は続けた。
「お前が思ってるように、こっちは色んな真っ黒な事件が一杯だ。大抵の漫画とかそういうの想像してくれりゃ大体当たってるだろ。漫画もバカにできねーぞ。結構本当に近いこと妄想してっしな」
 それは、超能力者や五メートル以上跳躍する蛙人間がいると言うことだろうか。
 啓一と長坂の思う漫画には大分違いがあるようだが、とりあえず啓一はそういうことで理解しておく事にした。裏社会なんて言葉でしか知らなかったのに、急に現実味を帯びて貰っても困る。
「じゃあ……殺し屋とかもいるの?」
「まあな。俺らは近寄らねえが、いるこたいる。……で、俺らの仕事だが……まあぶっちゃけ『裏社会の何でも屋』っつう感じだ」
 何でも屋、と聞いてファンシーな映像が思い浮かぶのは何故だろうか。
「何でも屋って……掃除とか買い物も代行すんの?」
「まあな」
 冗談に真顔で肯定されて、啓一は目を丸くした。これはあれだろうか、ボケ返しというものなのだろうか。乗ってツッコむべきだろうか。
「そ、それはマジで言ってる……」
「あのな、お前また話きいてねえな。俺が属してんのは【裏社会】だっつっただろうが。全部アタマに『裏の』がつくんだよバカ」
 ――――『裏の』おつかいに、『裏の』お掃除。
「……えーと……それはつまり、白い粉をおつかいしたり、黒光りする発砲するやつを持ってきたり、頬に傷のある人をお掃除したりというコトデスカ」
 自分で想像したくせになにやら肌寒くなって窺うように長坂に問うと、相手はにやりと気持ち悪く目を笑ませて、そのまま黙り込んでしまった。
 なんだ、黙られると逆に怖いではないか。
 まさか本当にそんなことをやっているわけではあるまいな。
「ご想像にお任せしますわオホホホホ。ってなことで、まあ……おい、冗談だよ。ホントバカだなお前。……とにかく、【代行屋】ってのはそういうもんだ。だから、俺は孝太郎から『お前を守ることを代行してくれ』っつう依頼を受けた。差し詰め今は【ボディーガード代行】ってとこだな」
「そ、そっか……でも、変な職業だな」
 言ったそばから失礼だったかと思い直して相手を見たが、長坂はまたさもありなんという涼しげな顔で前を向いていた。この流れだったら怒るかと思ったのだが、どうやら長坂にも思うところがあるらしい。目を瞬かせている啓一を知ってか知らずか、長坂は片眉を上げた。
「まあな。……だが、これが結構バカに出来んくらい儲かるんだ。小物から大物まで……幅広い守備範囲と高い成功率があれば、誰だって一年で億は軽い」
「へ……変だけど、凄いんだな……」
 一億だなんて、自分の父親と母親の一年の給料を足しても届きはしない。
 流石裏社会になると動く金の量が違うなと思いつつ、変な感心を覚えていると長坂は口を曲げた。
「ま、当然認可なんてされてねーから、失敗したりサツに捕まったら死ぬしかねーけどな」
「…………オレ普通の人間でよかった」
 一度の失敗で死ぬ事になるなんて、やはりおかしい。変すぎる。
 やはり最期には簀巻きにされて港に浮かぶのではないかという嫌過ぎる想像をしていると、車は繁華街近くの駐車場に入った。この周辺は確か飲み屋街が多く、司部でも夜通し電気がついている場所だ。情報屋に会うと言っていたが、やはりそういう人間は裏通りの渋いバーなどに潜んでいるのだろうか。
 なにやら興味が湧いてワクワクしていると、長坂はエンジンを切ってドアを開けた。
「行くぞ。……まだこの時間なら空いてんだろ」
「空く? やっぱ、情報屋ってどっかの店にいるんだ」
 道に迷う事無く歩き出す長坂に続きながら、啓一は辺りを見回してソレらしいバーなどが無いか探す。しかし長坂は真っ直ぐ前だけを見て、脇目など振りもしなかった。
「店ねえ……まあ、店っちゃあ店にいるんだが……」
 言葉を濁す長坂に訝しげな目を向けながらも、啓一は暫くは黙って付いていった。相手の言葉は気になったが、今ははぐれないようについていくのが精一杯だ。夜中の繁華街は男も女も入り乱れており、まるで祭りにでも来たかのように周囲は騒音に溢れていた。
 こんなところに来るのは初めてかもしれない。
 啓一は口を閉じたままで物珍しげに周囲を眺めていたが、やがて、目的地周辺に近づくとそうして黙っている事もできなくなってしまった。
「お、おい……オッサン……」
「長坂様と呼べと言っただろうがガキ」
 目の前の大通りの光景に戦慄している啓一に構わずそこへ入ろうとしている長坂に、最早我慢の限界と啓一は掴みかかった。
「こ、ここ、こここここっ……」
「鶏かてめーは」
「違う! い、いや、っつーかおい、ここって……!」
 指さした先には、人がごった返している。
 他の場所と変わらずそこも活気に溢れていたが、ある点が気になってどうしても啓一は一歩踏み出せないでいた。しかし長坂はそんな啓一が何に驚いているのか理解できていないようで、疑問に眉を顰めて頭を傾げている。だが、この場合長坂の行動の方がおかしいことは、今から行こうとしている場所を見れば火を見るより明らかだ。
 声が引っかかって言葉が出なかった啓一は、深く息を吸って、ようやく長坂に怒鳴った。
「ここって、ゲイタウンじゃねーか!!!」
 そう、啓一が驚いたのも無理はない。
 今二人が立っている場所は、司部四丁目。所謂同性愛者が集うと有名な場所。男と女が消える町なんていうムーディーな通りではなく、男と男が抱き合って女と女がどこかへ消えていく、司部で最もアブノーマルな大通りなのである。
 自分だってそういうものの端くれなのだから驚くことではないのだが、ここでのポイントは「情報屋がここにいる」ということだ。
 普通、そういう裏社会の人々はこんな騒がしくておかしい町より、隠れ家的な渋いバーに身を潜めているものではないだろうか。いや、絶対そうだ。そうじゃないとイメージが崩れる。
 なのに、長坂は当たり前のようにここに入ろうとしているのだ。
 イメージが崩れるどころか消えてなくなってしまいそうな現実に、啓一は眩暈を感じた。
「ま、まさか……ここに情報屋がいるっていわねーよな!?」
「居なきゃこねーだろ」
 はっきりと肯定した長坂に思わず固まる。
 信じたくないが、多分長坂は嘘は言っていない。だが信じたくない。
 啓一がぐるぐると考えている間に、長坂は啓一を引き摺って大通りへと入る。途端に耳に騒々しい数多の声が入ってくるが、今の啓一には聞こえていなかった。
「あっ、チョウさぁーん! こんどウチ寄ってってよぉ」
 途中で妙になよなよとした中性的な少年が寄って来るが、長坂はにこりと笑って通り過ぎる。
 しかしその少年の声を聞きつけたのか、長坂の周りにはいつの間にかむさくるしい肉の壁……いや色々なキャラの男達が群がってしまっていた。
「ちょっとぉーこの子なに? まさかカレシじゃないでしょーねー」
 女にしか見えないのに声はハスキーボイスのニューハーフがじろりと啓一を睨む。ようやく事の次第を理解した啓一は思わず長坂の後ろに隠れようとするが、すぐに他のニューハーフに捕まって引き寄せられた。無理に胸に顔を埋められて息が止まる。
「きゃっ、でもちょっとカワイーかもっ! ねねね、ボク、お姉さんと遊ばない?」
「あっ、じゃあじゃあワタシがチョウさんと遊ぶぅー」
 きっと天然モノではない豊満な胸からやっと解放されるが、彼ら、いや彼女らの攻撃は止まらない。その上なんだか猟師でもやっていそうなグループや、ジャニ系の美少年などが入り乱れてもう何が何だか分からなくなってくる。しかし皆一様に言ってくるのは、「お前長坂のなに」やら、「チョウさん今度お願い」みたいなことばかり。
 自分はただ情報屋から早く情報を聞きたいだけなのに、どうしてこんなことになっているのだろうか。
 だんだん苛立ちを覚え始めた啓一を気にせず、長坂は周りに群がる男達に胡散臭いくらいの美形スマイルを振り撒いた。
「コイツぁただの客だよ。それよりそんながっつくなって」
 言いながら、一番手近にいた美少年の手を引き寄せて相手の頬にキスをする。
 ゲッと思わず呻く啓一など気にせず、周囲は羨ましそうなため息をついて顔を赤らめた。
「この仕事が終ったら、キチンと平等に相手してやっから待ってろよ」
 不敵に笑う長坂に何か攻撃でもされたのか、周囲の男達は顔を真っ赤にしてへろへろになっていく。イソギンチャクかと思うほどくねくねとしている彼らに驚いていると、長坂はまた啓一を引っ張って肉の壁を抜けた。どんどん遠くなっていく集団を振り返って見ながら、啓一は長坂に問う。
「なあ、あの人たちって何……?」
「俺のセフレ」
 思わずブッと吹き出した啓一に何やってんだと目を向けながら、長坂は歩き続ける。
「せっ、せっ、セフレって……あれ全部!!?」
「しかも全部ネコな」
「ねっ……」
 それはつまり、あの熊男のような人達も、女になりきれていない青髭のお姉さん方も、なよなよしていた美少年の一団も、皆揃って長坂の女役ということなのだろうか。
 いや百歩譲ってニューハーフの美しいお姉さんや美少年は分かるとして、自分より1・5倍体型を増量したような熊さんや棒が付いてそうなお姉さんまで組敷いてるとはとても想像できない。というかしたくない。絶対したくない。
 流石に想像にも限界があると青くなっていると、長坂はなにやらビルの中へ入り地下への階段を下り始めた。外の喧騒が遠くなっていき、ジャズか何かの音楽が微かに聞こえる。下りた先には数件の小奇麗な店の看板が連なっていた。高級クラブとか言う奴だろうか。
 その中の一見の店の前に立ち、長坂は啓一の手を離した。
「ここだ」
 指さした看板を見て、啓一は再び固まった。
「……あ、あの……ここって…………」
 平然とした長坂が訝しげに啓一を睨むが、そんなことは気にしていられない。
 何故なら、その看板には……。
「お……おかまパブ【愛・爆発】って……かいてあるんだけど……」
 そう、高級クラブかと思ったら愛・爆発。自虐とも思えるおかまという文字を堂々と毛筆体で掲げた看板がどんと鎮座ましましていたのだから。入る前から中が予想できる力強いその表示を見て、一見で固まらないものはいないだろう。だいたい愛・爆発ってなんなんだ。爆発してどうするんだ。それとも何かのパクリなのか。
 ともかく看板を見ただけで思考がループしてフリーズしてしまった啓一に、長坂は何がおかしいのか解らないようで、首を傾げ啓一の目の前で手を振った。
「おーい、大丈夫かガキ。情報屋に会う前にトリップしてんじゃねーぞ」
「って、もしかして情報屋ってこれより凄いのか!?」
 こんな場所に居るのだからもう大体の予想はついているが、このインパクト大の看板よりも酷い情報屋が中にいるというのだろうか。啓一の外れて欲しいという気持ちを感じ取ったのか、長坂は少し考えるように目を動かしたが、やがて、何か言いづらそうに頬を掻く。
「……まあ、会えばわかる」
「ああ酷いんだやっぱり普通じゃないんだああああ」
「あーうっせ。黙ってろガキ、注目浴びてどっか連れてかれるぞ」
 長坂の脅しのような言葉がどうにも嘘だと思えなくて口が閉じる。ここは同性愛者の町、違法さえ定義が曖昧になってしまうような混沌とした町なのだ。一昔前の裏町じゃないだろうが、長坂の言う事だって充分起こり得そうな雰囲気を持つ恐ろしい場所だった。
 啓一だって一度は来た事があるが、しかしその時はほんの入り口の位置までだ。こんなに奥まで進んだことは無かった。今日来て見て分かったが、この町はラスボスのダンジョンくらい怖い。何も知らない頃に探検などしないで良かったと思いつつ、また長坂に引き摺られて扉を潜る。
 途端にどっと耳に入ってきた様々な声と音に顔を歪めたが、見渡してみると中は案外普通だった。
 一般的な、少し高級なクラブのような内装に、女……のような人達が男達や女(かもしれない)の人と話をしたり酒を飲んでいる。遠目から見れば至極真っ当な店のように思えた。
「いらっしゃいませ、長坂様。今日はどのようなご用件で?」
 急に現れた礼服の男に、長坂は手をひらひらとさせながら視線を合わせる。
「エミリ、今大丈夫か?」
 途切れ途切れに聞こえた言葉に、啓一は眉を寄せる。エミリ、ということは女性なのだろうか。
「はい。ただ……三十分後に大切なお客様がお見えになるので、それまでにお願い致します」
「わーった。オーナーによろしく言っといてくれ」
 深くお辞儀をして離れていく男を目で追って、啓一は長坂に視線を戻した。
「なあ、そのえみり……とかって言う人が、情報屋なのか?」
「まあな。……会えば分かる」
 言ったきり誰かを探すことに意識を集中させる長坂を見つめながら、啓一は疑問符を頭に浮かべる。マネージャーらしきあの男に長坂がそのエミリとやらの所在を聞いたのなら、そのエミリという人はここのホステスなのだろう。しかし、一日も店から離れられないホステスがどうやって情報を仕入れているのだろうか。やはり女性のような美貌で客から情報を得ているのか。
 考え込む啓一を他所に、長坂は目当ての人間を見つけたのか啓一の肩を乱暴に叩いた。
「行くぞ」
 言うなり歩き出す相手に黙って付いていく。
 途中で色々な席の後ろを経由したが、皆物珍しそうにこちらを見ていた。まあ、そりゃあ金も無さそうに見える自分がこんな場所にいたらおかしいとは思うだろうが、嫌な注目を浴びているようで何だか居た堪れない。なるべく周囲を見ないようにしながら、啓一は長坂の背中だけを見て曇りガラスで仕切ってある店の奥へと向かった。
 どうやらVIPルームらしく、ここでは流石に騒ぐものもおらず静かだ。
 幾つかあるテーブルの一番奥に座っている人を見つけて、長坂は一直線にその人物の元へと向かった。近付いて行く度に、相手の詳細が分かってくる。
 露出度の高い赤のパーティードレスに、ブロンドの髪。両膝ををきちんとつけて座っている姿は女性そのものだ。どうやら彼女はその美貌で情報を仕入れているらしい。
 相手の顔に興味が湧いて近付くたびにドキドキしていた啓一だったが、その席まで後三歩という所で、思考が全停止した。
「あらっ、総悟、おひさ〜。……あら、そのカワイー子だれ?」
「コイツはまあ……客っつーか、預かりモンみてーなもんだ。……って、お前なに固まってんだ」
 何固まってるんだって、固まらずにいられるだろうか。
 てっきり美貌のニューハーフかと思っていた彼女は、なんということだろうか。
 ボディービルダー、とまでは行かないまでも、無駄な肉のない筋骨隆々とした体格、がっちりとした肩に太い首、そして極めつけが、化粧をして女らしくはなっているがしかしその男臭い容貌を隠しきれていない顔だった。なんだろう、テレビなどで見る、昔の美形俳優の白黒写真を思い出す。
 彼女はそれくらい、良いスポーツマンになれそうな容姿だった。
「初めまして〜。私が、ここのナンバーツーにして情報屋の……脇崎エミリーですっ!」
 キャッと付け加え、語尾にハートマークが舞っている、美しい筋肉のエミリー。
 ああ、源氏名か。
 いや、その前に店がおかまと自虐している時点で予測しておくべきだったのだろうか。
「すまんなー。コイツもこっちの人間なんだが、ピヨッ子だから耐性ねぇんだわ」
「へえ〜。総悟ったらお尻貸したげたの?」
「馬鹿言うな。俺は棒でしか感じねーんだよ。コイツはお手つきだ」
 自分の世界とは遠い言語を話しているような二人を見ながら、啓一は力なく肩を揺らした。
 裏社会の情報屋が、おかまパブで大人気のたくましいニューハーフ。
 せめて自分の染まり始めている世界からは遠い人間が登場して欲しかったな、と思いながら、啓一はエミリーからの投げキッスを半笑いで受け取ったのだった。










   





Back/Top/Next







後書的なもの
  勿論司部四丁目も愛爆発も架空のものです。(当たり前だ
  【代行屋】というのもフィクションですが、本当にありそうですね。
  まあ実際何でも屋なんですが、こういう感じの話って
  特殊職業に格好イイ名前つけたいじゃないですか!+(0゚・∀・) +
  あとエミリーは勿論趣味です。


  

2009/06/14...       

inserted by FC2 system