No.06








 

 枯れるまで泣けば、精神はある程度安定するものだ。
 誰が言ったかは忘れたが、今の啓一にはよく解る言葉だった。
「…………ノド痛てえ……」
 たった一言でた慟哭以外の言葉に、開けることも辛くなった目が細くなる。喉だけが痛いのではない。目も、頭も、鼻も、とにかく色々な場所がじくじくと鈍い痛みを訴えていた。
 不快感を取り去る為にシャワーを浴び、シーツを黙々と交換していても、痛みは中々去ってはくれない。静寂に負けてテレビでも付けようかと思ったが、そんな気力すら今の啓一には湧かなかった。
 ただ疲れて、気だるくて、真新しいシーツに変えたベッドに沈み込む。
 まだ心の中ではぐるぐると色んな感情が回っていたが、今の啓一の頭はそんな感情を一歩引いた所からじっと冷静に観察していた。悲しみ、悔しさ、怒り、孤独、切望、様々な思いが無い混ぜになっては、マーブル模様になり一気に圧し掛かって来ようとする。だがもう涙を搾り出す気力も泣き叫ぶ気力も無い。故にそれらは煮詰まり、啓一の気分を悪くしていた。
 だが、今の自分にはそれらを理解し収めることすら難しい。
 長坂の「ガキ」という言葉が本当に自分を体現しているようで、悔しいが何も言えなかった。
「……なんで、死んだのかな……孝太郎さん」
 海馬を酷使しすぎたのか、名前を言ってももう何も浮かんでこない。
 暫くそのまま黙っていて、啓一は今気付いたように、頭では考えていなかった言葉を零した。
「……孝太郎さん、何で殺されたんだろ……」
 自分が最後に直接孝太郎に会ったのは、殺される五日前。大学病院で検査をしてもらうために行った時だ。そこでの孝太郎はいつもと変わらず、蕩けるような笑顔で啓一を歓迎してくれた。白衣姿の孝太郎もとても格好良くて、啓一は密かに彼のような体格くらいにはなりたいと思っていたのだが……。
「…………も、いいや……考えるのやめよ……」
 枯れ果てた涙がまた無理に絞られそうな感覚がして、啓一は目を閉じた。
 眠れば、少しは気持ちの整理もつくだろう。
 絶望の淵まで追い込まれた感情が浮上してくるように願いながら、啓一はそのまま眠りについたのだった。



 そうして、何時間経っただろうか。
 大仰なドアの閉まる音がして、啓一は気が付いた。
 寝る前よりも頭は幾分はハッキリしており、気持ちも幾らかは戻ってきている。痛みもちょっとは引いたようだ。カラカラになった喉を唾で潤して、啓一はこちらに来る足音に耳を澄ませた。
 どかどかと煩い足音がここまできて、ピタリと止まる。
 そうしてまた乱暴に開かれた扉の外には、不機嫌な顔のままの長坂が立っていた。
「あ……」
「オラ、服持って来てやったぞガキ」
 何だかもう言い返す気も起きなくて、啓一は投げられた袋を受け取った。
 中を見ると、意外にセンス良く服が選ばれている。ジーンズもそれなりのものを用意してくれているようだ。これには存外の嬉しさを覚えて長坂を見ると、相手は決まり悪そうに視線を外した。
「…………着替えたらこっちこい。これからのことを話し合う」
「うん、解った」
「……あとな」
 そこで切られた言葉に首を傾げると、相手は視線を外したまま、頭をわしわしと掻き回した。
「あと、もうオメェみてーな泣き虫クソジャリのケツなんて興味ねーから、間違っても変な気起こすなよ。つーか、お前のケツに突っ込むよりかはオナってた方がまだマシだわ」
「…………」
 一瞬怒りが芽生えそうになったが、それより早く長坂はダイニングへルームと避難してしまった。
 かさり、と音を立てるビニール袋に目を戻して、啓一は眉を寄せる。
(んだよ……俺だってな、お前みてーな最悪なオッサンなんて受け入れたくねーよバーカ!)
 見直し始めたと思ったらこれだ。
 啓一は寄せた眉を更にぎゅっとつめると袋から乱暴に服を取り出して、さっと着替えた。ご丁寧に下着も買ってきてあったが、トランクスの模様が『天才なのに名前がバカ』とかいうキャラクターの柄なのは嫌がらせだろうか。こんなもん普通恥ずかしくて穿けるわけが無い。
 買って来て貰った服には感謝したが、やはり長坂に礼を言う気は起きず、啓一は真新しいシャツの上から暖色系のパーカーを羽織った。段々暖かくなってきたとは言え、この時期にTシャツで動き回るのはまだ肌寒い。一応着てみると、適当に買って来たにしてはサイズはピッタリだった。
(まあ、人の体まさぐってんだもんな、サイズ解ってもおかしかねーか……)
 喜ぶ気にもなれず、啓一は深く息を吐くとゆっくり息を吸いなおす。
 今からあの男と喧嘩するには力が要るだろう。さっきは自分の心のせいで負けてしまったが、これ以上情けなく泣く訳には行かない。少なくともあの失礼な男の前でだけはもう泣きたくなかった。
 洗濯物を籠へ放り込んでから、しっかりとした足取りでダイニングルームの扉を開ける。
 長坂はテレビも付けず、ただボーっとソファに座って黒いテレビの画面を見ていた。
「おせえぞガキ」
「〜〜っ、ガキっていうなオッサン!」
 ドカドカとわざと足音を立てながら相手の前方に回りこむと、だらしない格好で座っていた長坂はソファの空いてる部分を叩いてここへ来いと無言で促す。だが、それに従っていられるわけがない。啓一は頭を横に振ると、ここでいいと意地を張った。隣に座ったら何をされるか解ったものではない。
 長坂はそんな啓一にケッと一言吐き捨てたが、それ以上は何も言わなかった。
「……とにかく、だ。今はお前と俺が知っているアイツに関しての情報を出し合うぞ。……調べさせてはいるが、まだ俺達には何のカードもない状態だ。手がかりが無い限り何をしていいかわからん」
「解った。……オレは何を話せばいい?」
 この男に従うのは悔しかったが、自分だって何故狙われるかという理由や、孝太郎が死んでしまった本当の理由が知りたい。今は長坂と行動するしか無いだろう。
 相手もそれが解っているのか、ゆっくり頷いて新しいタバコを口に咥えた。
「お前、アイツと最後にあったのはいつだ?」
 先程思い出していた記憶がすぐに甦り、啓一は答える。
「……殺される五日前。大学病院であったのが最後」
「大学病院? 何しに行ったんだ」
 長坂の尤もな質問に啓一は頷く。
「オレ、昔すげぇ病弱でさ……いや、今は全然元気だしそうは見えないだろうけど…………まあ、そんでさ、その病弱の後遺症っつーか置き土産っていうか、オレ結構微熱が半月くらい続く時があってさ。……でも、風邪引いたわけでもないし、健康だから気にしてなかったんだけど、それ言ったら孝太郎さんが一回検査した方がいいって言ったんだ。……だから、大学病院に行って血液検査頼んできた」
 ストレスが原因だとか、もっと重大な病が隠れてるかもしれないとか凄く慌てながら言われたのを覚えている。啓一にとっては、微熱なんて年寄りが毎年の梅雨に節々の痛みを訴えるくらいの年中行事みたいなものだったので特には気にしていなかったのに、あの焦り方と過保護っぷりは今思い出しても自然と笑みが浮かぶほど面白かった。
「ふぅーん……ま、確かに病弱そうには見えねぇな。……で、そん時孝太郎はどうだった」
「うーん……。俺には普通に見えたけど……あ、でも結構徹夜してるとかでちょっと疲れてたみたいだった。孝太郎さんを専属にしてるっていう人が凄く怒ってた」
 男にしては細い感じの中性的な医師だった。
 彼は孝太郎の兄のようで、あまりにも仲がいいので少し嫉妬したことも覚えている。
「ああ、内科医の坂目だな。アイツも孝太郎と仲が良かったらしい」
 タバコを吹かしながら何の気もなしに言う長坂に、改めてこの男は孝太郎との面識があったのだなと感じる。態度からして全く違うのに、何故だか長坂が孝太郎の親友だというのが解る気がした。
 勿論、まだ認めたわけではないが。
「ってか……その人に話聞いた方がいいんじゃない? オレ、その後はメールばっかだったから気付いた事なんてなかったし……メールの内容もそんな深刻なモンじゃなかったぜ?」
「聞けるにゃ聞けるだろうが、今は無理だな。事情聴取に監視つきの警察三昧だ。ほいほい聞きにいこうもんなら、俺達が職質されて警察にご厄介になんぞ。……お前、今の状況親に話したいか?」
 長坂の軽い言葉に、顔が青くなる。
 そうだ、警察に捕まろうものなら、絶対に親に連絡される。何故坂目に近付いたのかも執拗に訊かれるだろう。そうすれば嫌でもこの状況を話さなければいけなくなるだろうし、今の状態も詳しく言わなければならなくなってしまう。
 だが、啓一には親に「男に襲われてレイプされそうになって、今もまだそんな奴らに狙われてます。正体すらわかりません」なんていえるはずが無い。一言目からしてもう無理だ。
 警察にこれを事細かに話すなんてことも出来そうに無かった。
 青ざめたままで口を噤んだ啓一に、長坂はだろうなとでも言いたげに煙を吐く。
「まあ、訊きに行かねぇとはいってねえよ。とりあえず落ち着いてからだ」
「……うん」
 どうやら自分は、もうこのままでは家に帰れない状況に陥っているらしい。
 事の大きさがようやく理解できた気がして、背中が寒くなった気がした。
「…………俺ぁな、さっき車ん中でも言ったように、お前の事をアイツから散々聞かされてたんだ」
 話を変えた長坂に目を合わせると、相手はなんとも面白く無さそうに目を細める。
「よくアイツとは飲みに行ってたんだがよ、お前と付き合い始めてからは殆どノロケ話だ。やれお前の魅力だとか、あの仕草がカワイイだとか、こんな場所に行って楽しかったとか……。ハァ、挙句の果てにゃ『未来予想図』なんつって薄ら寒い未来を聴かされたもんだ」
「…………こ、孝太郎さんってば……」
 それは流石に自分でも引く。青ざめた顔に一気に熱が上がって火照る啓一に、長坂はさもありなんと目をぐるりと回して肩をすくめた。多分長坂の話以上に孝太郎は熱弁を振るったのだろう。
「徹夜ん時だってな、俺との飲み会に無理に来やがってよ。……疲れてんのに、約束だったからとか抜かして嬉しそうに酒飲むんだわ。……疲れてんのによ」
 光景が目に浮かぶようだ。
 無愛想な顔をする長坂に、孝太郎はいつもの優しい笑みで楽しそうに酒を飲む。例え自分が疲れていても、友達や家族や恋人との約束は必ず守る。それが孝太郎だ。
 何だか胸が痛くなって無意識にシャツを掴んでいると、長坂はゆっくりと啓一に視線を合わせた。
 また、あの真剣な目だ。
「……でもな、アイツやっぱ無理しててな。人様の見てねぇ所でどっと疲れた顔してんのよ。知らん振りしてやったが、ココ最近のアイツは相当疲れてたみてえだったぜ。……でもな」
「……?」
「でも、そんな時にお前のメールが来るとよぉ、アイツ……マジで嬉しそうに笑うんだわ」
 懐かしげな声を出す長坂に、何故か息が止まりそうだった。
「一発で元気になりやがってよ、嬉しそうにガキみてーにメール見せてくんだ。……正直ウザかったけどよ…………でも……お前の話をしてる時は、アイツ絶対笑ってたんだぜ」
「…………」
 子供のような満面の笑みで、嬉しそうに話しかける孝太郎。
 それは、自分がいつも見ていた彼と同じだ。
 想像しただけでもわかる。
 初めて出会ったときから、ずっと変わらない、いつも自分に向けられていた顔だった。
「……そんな奴が、自殺すると思うか? …………アイツなあ、今まで見たこともないくらい、嬉しそうだったんだよ。……お前の話してる時は絶対に笑顔だったんだ、お前との未来までアホみてーに嬉しそうに語ってたんだぜ? 俺と会う度に、嬉しそうにさ……」
 長坂の細められた目は、どうしてか悲しそうだった。
 悲しみなんて持ち合わせていないんじゃないかと思うくらい、乱暴で粗雑で優しさの欠片もないと思える人間なのに、長坂はとても悲しそうな――――啓一と同じような、顔をしていた。
「お前との未来を幸せそうに望んでた奴が、首吊るなんて……なあ、なあ、ありえねぇだろ!? なあ! バカップルが唐突に自殺するかよ! あんなに幸せそうだったのに自分から死ぬか!? 俺には解んだよ、アイツマジで幸せだって思ってたんだよ! これからもっと幸せになれるんですみてーなバカ面してたんだよ、んなバカがなんで死ぬんだ!? なあ、死ぬわけがねーんだよ、絶対死ぬわけねーんだよ、ガキ悲しませるようなアホなこと、アイツがしっこねぇんだよ!!」
 身を乗り出して、叫んで、まるで自分を納得させるように吠える長坂。
 怒りを含んでいるようにさえ見えるその顔は、それでも悲しそうに歪められていて。それほど切実に自分の見た事が間違っていないと訴えているようで、啓一は堪らなかった。
 そう、長坂だって、親友を失って……心が酷く傷付いているのだ。
「絶対…………っ」
 もう一度吠えようとした長坂の口が、止まる。
 相手はこちらをみて、ただ驚いたように意気を失くしていた。
「……お前…………何で、泣いてんだよ」
 長坂が見た啓一は、嗚咽もなく、ただ顔を歪めて静かに涙を流している姿だった。
 だが涙とを止めることも拭うことも出来ず、啓一はただ水に溺れる目でじっと長坂を見つめる。あんなに泣いたはずなのに、どうしてか涙が溢れてたまらなかった。
「……あんたも……悲しい、んだよな……?」
「…………」
 目を逸らして口ごもる長坂に、啓一は緩く笑みを浮かべる。
 そう。長坂も、自分も、悲しいのだ。
 孝太郎が亡くなって、それを認める事も出来ず、自分の記憶にある孝太郎が真実だと信じて、彼が悲しみの果てに自殺したのではないと確信していたいのだ。自分達にいつも笑いかけてくれた孝太郎が真実だと、信じていたいのだ。啓一にはそれが痛いほど理解できた。
「……オレ、さ……ずっと考えてたんだ……。もしかしたら、オレのせいで、孝太郎さんが自殺したんじゃないかって。……オレが重荷だったから、自殺したんじゃないかって」
 なにか口を動かしたそうにする長坂だったが、啓一の様子を見て躊躇う。
 啓一はそんな相手をじっと見つめながら、乱暴に腕で涙を拭った。
「でもさ、今、何となく解ったんだ。……孝太郎さん、絶対に俺のせいで自殺したんじゃないって。……絶対に、死ぬことなんて考えて無かったって。俺を守ってって、言ったんだよな? 孝太郎さん。……だから……絶対に、孝太郎さんは自殺なんかじゃない。っ、絶対に、違う!」
 寄った眉を吊り上げて、宣言するようにはっきりと吐き捨てる。
 それはまるで、長坂の答えを求める問いに投げかける言葉。
 いや、啓一にとっては、それは答えと同じことだった。
 長坂も孝太郎が自殺ではないのだという確信を求めている。多分嫌いだろう啓一の事を持ち出してでも孝太郎は生きていたかったのだと思いたいのだ。それは啓一だって同じだった。
 自分は、さっきまで、情けなく子供のように泣いて泣いて気持ちの整理を投げ出していた。
 どうしても恋人が死んだという事実に蓋をして、まだ未練がましく彼の事を追い求めようとしていたのだ。だが、今はもう違う。
 例えまだ心が孝太郎の影を引き摺ろうとも、今は、彼の死を理解して「自殺ではない」と信じるべきなのだ。
 長坂の言葉で、それは啓一の中で膨らんで気力をもたらした。
 愛されていた、と感じることは難しい。理解できなかったかもしれないし、もしかしたらそうでなかったのかもしれない。けれど、長坂が見た孝太郎は少なくとも幸せそうだった。自分がずっと見ていた孝太郎と同じ姿だった。
 ならば、孝太郎は幸せだったのだと思ってもいいのではないのだろうか。
 最期の言葉まで自分に使ってくれたのだ。
 なら、愛されていたと思っても、いいのではないだろうか。
 ―――――いや、きっと、孝太郎は自分と同じ気持ちでいてくれた。
 絶対に、彼は自殺などしていないのだ。
(……だから、オレは…………オレの考えを、信じる)
 立ち止まっていては進めない。何も解らない。孝太郎が何故死んでしまったのかも、永遠に解らないままなのである。そんなの願い下げだ。絶望するのもゴメンだった。
 だから、自分の根拠の無い確信を認めようと思ったのだ。
 だからこそ、長坂にはっきりと宣言したかった。
 彼は、孝太郎は、自分を愛していてくれていたのだと。
「……だから、知りたい。オレが何で狙われてるのか、何で孝太郎さんが殺されたのか。…………知りたいんだ、オレ、孝太郎さんの仇をとりたいんだよ! だから……教えろよ、オッサン。もっと、いろんなこと」
 ひりひりと痛む目は、もう涙も枯れ果て流しようが無い。
 睨み付けるような真剣な顔で長坂を見る啓一に、長坂は驚いた顔のままで暫し固まっていたが――――やがて、半分ほど灰になったタバコを捨て、ニヤリと笑って頷いた。
「……オッサンっていうな、ガキ。長坂様と呼べ」
「うっせ、オッサン」
 憎まれ口を互いに叩いて、まだ震える顔でお互いに含み笑いを浮かべる。
「まずは、情報だ。……孝太郎が殺された原因、お前が狙われる理由、お前を狙う奴のこと、何で俺に依頼したのかということ……それをはっきりさせなきゃ、なにも始まらねぇ」
「オレも、探すのついて行きたいんだけど……いい?」
 遠慮がちに言うと、長坂は片眉を上げ意地の悪い笑みに変えながら、タバコを取り出した。
「どうせ、言ってもついてくんだろ。ガキってのはそういうもんだ」
「……今は、礼を言っとく」
 何だかんだ言って、長坂も少しは理解できる人間なのかもしれない。
 啓一が控えめに頭を下げると、長坂は偉そうに鼻を鳴らした。
「とりあえず、夜になったことだし……情報屋んとこ行くぞ」
 立ち上がり玄関へと向かう長坂について行きながら、啓一はふと長坂の言葉に引っ掛かりを覚えて頭に疑問符を浮かべた。
「情報屋って?」
「まあ、早い話が探偵みてーなもんだ。色んなツテから普通の噂や黒い情報まで流して売る商売をしてる奴のこったよ。……敵に回さない方が良い奴でもある」
 言いながら長坂がドアを開けると、外の景色は黒に染まりネオンがちかちかと輝いていた。窓の外には目が行かなかったので気付かなかったが、夜になってだいぶん経っているらしい。
 冷たい風に顔を撫でられながら、啓一はドアに鍵をかけて長坂に続いた。
 情報屋は解ったが、いま一つ解らない事がある。
「……なあ、あんたって探偵?」
「何でそう思う?」
 逆に訊かれて啓一は面食らった。
「いや……だって、依頼依頼ってさっきから言ってるし……違うのか?」
 エレベーターの上がってくる光をじっと眺めながら、長坂は意味深な笑いを浮かべる。
 視線だけをこちらに寄越して、長坂は笑みを深くした。
「んなチンケなモンと一緒にすんなよ」
「え……」
 チンケとはあんまりな言い草だ。
 しかし長坂は顔を崩す啓一に構わず、その笑んだ口で答えを吐き出した。


「俺はな、【代行屋】だ」











   





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後書的なもの
  泣いて一段落です。
  泣いてばかりじゃなくて前に進むのが強気だと思うんですが
  ちょっと見解が間違ってる気がしないでもないです。
  長坂もとりあえず大人らしい対応させてみました。

  


2009/06/08...       

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