No.02








 

「おい、起きろ……起きろ、ガキ」
 聞き覚えの無い声が投げかけられて、意識が浮上する。だが啓一はまだ自分が何者なのかすらぼんやりとして思い出せないほど、夢現の淵を彷徨っていた。
 背中が嫌に冷たい。外のようだとは解ったが、自分のいる場所を認識できない。目の前にちらちらとゆれる肌色の何かが何なのかすら、今は理解出来なかった。
「水ぶっ掛けりゃ目ぇ覚めんじゃねーの?」
「ははっ、そりゃいい! おい、誰か水持って来いよ!」
 声が途切れて暫し時間が経った後、ばしゃ、という音と共に啓一の体目掛けて冷たすぎる何かがぶつかってきた。一気に目が覚めて、濡れた視界に混乱する。慌てて顔を拭いて、ようやく自分が水をぶっ掛けられたのだと気付いた。
「お目覚めか?」
 にやにやと笑う男達には、見覚えがあった。
 確か、先ほど自分を拉致して眠らせた男達だ。
「ッ!? こ、ここは……!?」
「どこだっていいじゃーん?」
 焦る啓一を嘲笑いながらふざけた答えを返す男達を睨みつけて、ここが何処なのかを知る為に必死で頭を動かす。コンクリートの地面に、プレハブのような天井。広いが、色んな所に大きな木箱が置かれて布が掛けられている。どこかの倉庫だとは解ったが、どこの倉庫なのかということまでは解らない。啓一は舌打ちをしそうになって口を歪めながら、なんとか逃げ出す方法はないかと考えた。
 このパターンは、ここで監禁されて殴る蹴るの暴行を受けるパターンだ。まさか尻に爆竹は詰められやしないだろうが、しかし数人に囲まれているのだから酷い状況になる事は予想できる。
 逃げ道を目で探るが、残念ながら男達が背を向けている両開きの重そうな扉以外、逃げ道は無さそうだった。それを知っているのか、男達は下卑た笑いを浮かべながら啓一に近づく。
「それよりさ、お前、何で恨み買ってんの?」
「……え?」
 思っても見なかった言葉をかけられて、瞠目する。
 男達は啓一の顔を見て少し戸惑ったようだったが、すぐににやけ顔に戻りうんうんと頷いた。
「ははぁ、逆恨みか、それとも気付いてないか。かぁ」
「ま、どっちでもいんじゃね?」
「だよねー」
 半笑いで誰かの真似をしながら、男達は近づいて来る。
 彼らの目に尋常じゃない何かが篭っているのを見つけ、啓一は無意識に後退っていた。だがそれで逃げられるはずがない。男達はそれを知っていて、正面の男にのみ視線が止まっている啓一に飛びかかり、手足を拘束して地面に貼り付けた。驚いて啓一も抵抗するが、嗅がされた何かの薬のせいか頭がまだ上手く働かず、手足も重い。まるで赤子のように簡単に制圧されてしまった。
「な、んで……こんなことを……!」
 己の体に影を落とす男に、怒りに顔を歪めながら問う。
 相手は啓一など怖くはないと言わんばかりにその顔をせせら笑い、答えた。
「ま、自分の運命を呪うんだな」
 答えになっていない。
 思わずそう言おうとして、啓一は息を引っ込めた。
 片腕ずつが、シャツの片側をそれぞれ持っている。何をするのかと目を丸くしていると、手は互いに反対にシャツを引っ張り、ボタンを飛ばしてしまった。目の前でボタンが舞う。固まる啓一に構わず、シャツを広げて男達は啓一の上半身を露出させるとその上を這い回り始めた。
「ひっ……!? や、やめっ、何を……!?」
 ざらついた手に気持ち悪いと顔を歪めた啓一を、男は嘲笑う。
「ああ、そうか、お前初めてなんだっけ? 男同士のセックス」
 語尾が笑いに上がる不快な台詞に、啓一は瞠目した。
「嫌……だ……っ、嫌だ……誰がお前らなんかと!!」
 それは、孝太郎がずっと待っていてくれた行為だ。自分が孝太郎にならされてもいいと思っていた、覚悟の要る大切な行為だ。誰かに笑われるかもしれないが、啓一にとって男同士でセックスをするという事は、女と体を繋げるよりもとても勇気のいるものだった。
 本当は怖くてやる気も起きなくて、それでも自分とそうしたいと望む孝太郎の為になら、勇気を出して上にも下にもなってやろうとやっと決心するくらいの重い行為だったのに。
 それを、見ず知らずの男達に、強要される。
 そんなこと、許せない。
「っざけんなよ……っ! オレは、オレはお前らなんかに……」
 全身全霊の力を込めて四肢を動かすが、体型からして既に男達に負けている啓一にはとても彼らの腕を押し返す力は無かった。それを知っていて、男達はニヤつきながら啓一の体をもてあそんだ。
「仕方ねーじゃん、俺達だって仕事なのよー。シ、ゴ、ト」
「まあ最近溜まってたし、金も貰えてラッキーな仕事だけどなぁ」
 違いない、と人の体を弄り倒しながら笑う男達。
 普通の人間がやるような事じゃない。
 啓一はぞっとして、ただただ肩を震わせた。男達の手がいやらしく胸を這い回り、微かに乳首に触れる程度に手を掠らせる。敏感な部分を触られるたびに体がビクリと反応して、男達の訳の解らない行為に感情ははひたすら恐怖を訴えていた。
 だが相手は怯えた啓一に優しくするほどお人好しではなく、それどころか楽しむように笑い啓一の乳首を指の腹同士で捏ね始めた。思わず反応して男達を見るが、笑い声が返るだけでどうしようもない。その内両方をぐりぐりと指で弄られて、啓一は気持ち悪さに顔を歪めた。
「いいねー、そのガキっぽい表情。マジ泣き寸前ってカンジ」
「これビデオにとっときゃ良かったな、ジャニ専に良い金で売れたかも」
 啓一の意志を全く無視した所で悔やむ振りをしたり、大いに笑ったりする男達。まるで自分がもの言わぬ人形にでもなってしまったかのように、どんな罵声も彼らには届いていない。
 人形という適当な例えがしっくりと当て嵌まってしまうくらい、彼らの啓一に対しての行為は「子供が物を振り回して遊ぶ」ような傍若無人な振る舞いだった。人の意志なんて関係なく、啓一が泣くことすら楽しいと言うように、徹底的にいじめ続ける。
 ズボンの上から足を撫で回す手に、依然として胸に執着する手、足の付け根に張り付いていやらしくそこを擦り続ける手。全てが啓一を無視して動いている。
 どれほど嫌だと言い続けても、抵抗しても誰も啓一の声など聞こえていないようだった。
 無意識に歪んだ顔が、更に青くなる。歯はがたがたと鳴り出して、視界は水に溺れそうになっていた。
 怖くて、これからされる事がどうしようもなく恐ろしくて、なにより悔しくてたまらない。
 こんな奴らに孝太郎の望んでいた事が奪われるなんて、我慢できなかった。
「なによ、乳首立ってんじゃん。感じてきた?」
「早くこっちも勃てちゃいなよ〜」
 付け根を撫でていた手が、股間を掴んで緩く揉み出す。
 流石にそれには黙っていられなくて、啓一は歯を食い縛って足で手を退けようとした。
「やめ、ろ、嫌だ、嫌だぁああ……!」
 こんな奴らに触られるなんて虫唾が走る。我慢できない。
 無理に広げられた足を閉じることすら出来ず、啓一はただ首を横に振り拒否し続けた。体も満足に動かないのに、感覚だけはしっかりと元に戻っている。触られる不快感も、敏感な場所を乱暴に揉まれる微かな痛みも、感じてはいけない感覚も、全て啓一に襲い掛かってきていた。
 そうまでされて我慢の出来ない自分の体すら憎くて、啓一は顔を苦痛に歪めすすり泣く。
 孝太郎の足元にも及ばない男達に体をまさぐられて感じていることに、耐えられなかった。
「……こ、たろ、さ…………孝太郎、さん……っ」
「おいおい、遂に泣いちゃったぞ?」
「はははっ、コイツ誰かの名前呼んでら。なっさけねぇー」
 顔を手で覆うことも許されず、逃げることも出来ない。
 このまま、自分はレイプされてしまうのだろうか。
 助けなど望めないこの状況に絶望しながら、啓一はぎゅっと目を閉じた。
(なんで……っ、何でオレがこんな目にっ……)
 啓一の思いなど関係ないと蠢く手が、啓一を追い詰めようと激しさを増す。
 周囲の欲望を満たした目に晒されつつ、もう逃げる事は出来ないのかと歯を食い縛った。
 と、その時。
「おーい、おいおいおい。ジャリ相手になぁーにやってんだよこのボケナス共」
 バンと叩きつけるような音がしたと思ったら、光と共に男達の後方から初めて聞く声が飛び込んできた。微かに反響するその音に、男達は啓一を弄ぶのを止めて声のした方を見やる。
 だが啓一には誰がやってきたのか解らなかった。
「んなに飢えてるたぁ、さてはお前ら病気持ちか?」
「……何だとテメェ……」
 低い声からして男のようだが、なんだか軽い調子だ。
 相手がおちょくっていることは男達も承知しているのだろうが、我慢ならないのか啓一を拘束していた手も離して、おもむろに立ち上がった。
 これ幸いと上体を起こしたが、目前に並ぶ男達の足に邪魔されて相手はまだ見えない。
 その間にも、相手はニヤついた声でべらべらと喋り捲っていた。
「おーコワ。ああ、そっか! いやーすまんすまん。アレだな、テメェらがあんまりにもチンカスくせぇからお呼びじゃないって皆から言われてんだな。いやー、ゴメンな! 間違えちゃって!」
「こっ、の! 言わせてりゃ図に乗りやがって!!」
「ぶっ殺すぞマジで!!」
 オブラートにすら包まない悪辣すぎる煽りに、遂に男達は激昂して啓一の側を離れた。
(いっ……いまだ、逃げないと……!)
 慌てて服を整えて、足に力を入れようとする。だが、上手く力が入らない。地面に手を付いて必死になって起き上がろうとしていると、頬を思い切り打ち叩くような音が倉庫の中に響いた。
 思わず顔を上げる。
「……うわ……っ」
 啓一が見上げた光景は、ドラマでもそうそう見られないような凄惨な光景だった。
 長身の男が、自分を襲った男達を楽しそうにサンドバッグにしている。
 千切っては投げ、という言葉はこういうことを指すのかとはっきり解るくらい、光に背を向け影になっている男は男達を片手で持ち上げては殴り、蹴ってはそのまま遥か遠くへ遠投し、もう歯向かって来ない奴すらも足蹴にして楽しそうに笑っていた。
 強いが、なんだか恐ろしい。
 不安を覚えた啓一は地面に付けていた手を握り締め、もう一度足に力を入れた。今度は思っていたよりもスムーズに体が起き上がる。どうやら薬か何かの効果が切れたらしい。
(と、とりあえずここから早く逃げないと)
 あの男が自分を助けてくれたのは確かだろうが、しかし味方であると決まった訳ではない。
 啓一は他に逃げ道が無いかと周囲を見回して、とにかくこの場から離れようと足を動かした。
 だが。
「おい、どこ行く気だよ」
「っ!」
 腕を強く後ろに引かれて、体がぐりんと反転する。
 目の前に現れたのは、長身の男だった。
「折角助けたのに逃げられたんじゃたまったもんじゃねーや。おら、来いよ」
 そのまま男に引き摺られそうになるが、啓一は足を踏ん張らせて留まった。
「お、お前、なにモンだ!? なんで、あいつらをボコボコにしたんだよ!」
 ついさっきまで強引に連れ去られて貞操の危機だったというのに、見知らぬ男にはいそうですかと付いて行ける訳が無い。必死に睨みつける啓一に、男は一瞬呆気に取られたものの面倒臭そうな顔をして、啓一に告げた。
「あ゙ー……俺は、コタ……尼潟孝太郎に依頼されたんだよ。……『啓一を守ってくれ』ってよ」
「え…………」
 あの男達が知らなかった恋人の名前も、自分の名前もこの男は知っている。
 ――その上「啓一を守ってくれ」と、孝太郎に依頼された?
 にわかに信じがたい相手の言葉に固まっていると、男は不機嫌そうに眉を顰めて目線を逸らした。
「詳しい話は車でしてやる。……とりあえず、ここから早く離れんぞ」
「…………」
 まだ信じられないが、詳しい話は聞いてみたい。
 もしかしたら、それが孝太郎から自分に向けられた最後の言葉かもしれないのだ。
 啓一は逡巡を繰り返す思考を断ち切ると、男に頷いた。











   





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後書的なもの
 
強姦シーン好きなんですけど、受けが可哀相で書くのはちと辛いです
  いや、まあ楽しいんですが(枯れ果てろ
  ちょっと短いですがそれは初めて書くジャンルなので切り方がわからんからです
  

2009/06/04...       

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