一回目








  

 訳の解らない原理で服を剥がれ、ベッドに変な波動で押し倒され、両手足を変な言葉で動けなくさせられたのが、今。
 愛宕 徴矢(あたご すみや)は眉間に皺を寄せながら、何故こんなコトになったのかと真剣に考えていた。
「この漆黒の髪……白く滑らかな肌…………やはり、僕はついている……!」
 いや、部屋にいる時間が長ければ自然と肌は白くなるだろうし、黒い髪は日本人のトレードマークだ。もっと言うと、日本人の髪は黒じゃなくて少し茶が混ざっている。
 何を言っているんだと半眼で相手を見つめる徴矢に、今まさに襲い掛からんとしている男は口を大きく弧に歪めた。
 金に橙を多く混ぜ込んだような色の、ざっくり切られた髪。自分より背が高く、肩幅も少し広い体。顔はまあまあ、良くある美形というのかもしれない。世間一般から見たらイケメンだろう。だが目の前にいる男は、そんな特徴よりももっと目印になりそうな特徴を備えていた。


 それは……雄山羊の、捻じ曲がった樹のような二本の角。

 そして、部屋の大きさなど知るかとでも言うように広げられた、大きな烏の翼だった。


 これを見逃したいのは山々だが、生憎とその特徴は見逃せるはずが無かった。
 何故ならば、この珍妙なコスプレ男をここへ呼んでしまったのは、徴矢自身の失態に他ならなかったのだから。
「……あのさ、俺に突っ込んでも楽しかねーぞ。俺女みたいにあんあん喘がねーし」
 こういうシチュエーションというのは、自分が秘蔵しているエロ漫画に良くあるパターンだが、実際にこうして遭遇してみると如何にこのシチュエーションがアホらしいか解る。
 男同士となると、尚更だった。
(つか大体さー、この場合捕まって丸裸にされてんのは美少女だろ。なのに俺? 男? なにこれホモ漫画じゃあるまいしワケ解んねー……)
 その件の物をネットで間違ってみてしまった時は、男同士でこんなことする訳ないだろと大いに嘲笑したのだが、まさか今それをしようとしている男が目の前にいるとは。
 まさに世も末である。
「喘がない? そんなはずはないよ。僕に魅入られれば誰だって気持ちよくなれるさ」
「キショー。お前めっちゃきしょいわー。さっさと俺を解放しろ、マリックもどきの手品師。いい加減全裸って寒いんだけど」
 腕から先と腿から先の動かない体をゆさゆさ動かしながら、徴矢は半眼で男を見た。もう春の終わりだと言っても、まだまだ寒い季節だ。こんなに長時間真っ裸で放置されていたら引かなくてもいい風邪を引いてしまう。
 しかし男は徴矢を解放するどころか上に乗っかり、怒った顔を徴矢の顔に近づけてきた。
「僕が手品師だっていうのかい!? あのね、君いい加減にしてくれないかな。僕が手品師なんて馬鹿な存在じゃないのは、君が一番解ってるだろ? だって、僕を呼んだのは……


 悪魔を召喚したのは、君だろ!?」


 男その言葉に、徴矢の口は一文字に結ばれる。
 ――それを言われると、悔しいが何もいえなかった。
 大人しくなった徴矢に満足げな笑みを浮かべると、自称悪魔のその男は頬を徴矢の頬に擦り付けた。そうして、甘い声で徴矢の耳にゆっくりと囁く。
「ね? だから、僕に頂戴。何も魂を採ろうだなんて考えてないよ。……ただ、僕は君の……君の“快楽”が欲しいんだ……」
 ――……はい、変態きたー。
 徴矢は冷めた頭でそう思いながら、どうしたものかと顔を男の見えない方へと動かした。
 大体「快楽」が欲しい、とはどういう事なのだろうか。普通こういう時は処女だの精液だのもっと捉え易い物を欲しいというのが道理だろうに、快楽が欲しいとは聞いた事がない。
 いや、別に自分は処女でもないし、男に絞られてもそんなもの出そうにも出ようがないのだが。
 これは色々困ったなと眉を顰め黙った徴矢に、男はふっと笑いを零した。
 そうして、男は徴矢の顎を指を掴むと顔を容易く己の方へと向けさせる。徴矢の視界に映った男の顔は、この上なく嬉しそうな笑みに満ちていた。
「僕を呼んでくれたからには、きっと満足させてあげるよ……。知らない感覚を教えてあげる……」
「その言葉の余韻をやめい。キモさ倍増してるぞお前」
 冷えた口調で突っ込む徴矢に対して、男は変わらず笑っている。微笑みの貴公子気取りだろうか。それとも元々徴矢の言葉の意味が解っていないのだろうか。どちらにせよ男は、徴矢を、同性の相手をどうにかしようとする気満々だった。
 これは良くある漫画での「○○喪失ピンチ」とかいうヤツだろうか。
 しかし徴矢としては喪失出来る物は童貞しか無いので、多少気楽だった。どうせ男同士どうこうも出来ないだろうし、出来たとして痛みも何も無いだろう。
 こういう時に下手に嫌がると相手が萌えるというのは、自他共に認めるエロマンガマスターな自分には解っていたので、こうして心頭滅却の心地で静かにしている方が相手が萎えやすい。
 とりあえず激昂しないようにしようと他人事のように思っている徴矢の思考を読み取ったのか、男はその笑顔を不満そうな顔に変えて、冷たいその手を徴矢の胸に押し付けた。
 条件反射で体がビクつく。
「ねえ、君。もしかして、まだ『僕には何も出来るはずがない』なんて思ってない?」
「いや、つーか出来ないだろ普通。お前女でもないし」
 本気でそう思っていることを言うと、男は口の端を異様に吊り上げて笑った。
 今度の笑みは、さっきまでの「笑顔」ではない。これは――
 悪魔の笑顔だ。
「今はまだそこまでしないけど……男同士でも、色々出来ちゃうんだよ」
 背筋が寒くなるような、残酷な笑い方。
 徴矢は初めて覚えた「明確な恐怖」という感情に、今更危機感を感じた。
 ゲームや漫画で読むホラーから感じる恐怖など些細なものだ。今感じた「わけの解らない怖さ」と比べ物にならない。人間は未知の物に恐怖を感じるというが、今まさに感じた本能的な恐れはそれと同じ物だろう。兎に角、ようやく徴矢は今自分が遭遇している事態を異常だと認識した。
 しかしまあ、それを今更認識しても遅いわけで。
 ようやく青ざめてきた徴矢に満足げに男は笑うと、その胸に置いた手をつっと下へと移動させた。
「ひっ……」
 触るな動かすなボケカス変態と罵りそうになったが、辛うじて口が閉じる。
 ぞわぞわと鳥肌が立つ触り方に、更に顔が青くなった。その触り方はセクハラだ。
 訳の解らない定義を持ち出して心の中で抗議しながら、徴矢は何とも言えない顔で男を見やった。すると男は先ほどのように優しげな顔で笑うと、そのまま顔を近づけて来る。
 これには流石の徴矢も驚いて大いに慌てた。
「ちょ、ちょ、ちょっと待て、顔を近づけるなアホ! 何を……」
「何って、決まってるじゃない。……儀式を始めるための、キスだよ」
 またサブイボの立つ様な台詞を吐いて、男はその端整な顔を徴矢の顔へと近づけなんの躊躇いもなくキスをした。徴矢としては抵抗したのだが、手で顔を固定されていては逃れようが無い。
(ま……まさか俺のファーストキスが男だとは…………)
 乙女チックな妄想ではないが、せめて初めてのキスは女子と、もっとできるならば可愛らしい、まさに美少女な子としたかった。
 そう思いながら、徴矢は目を閉じる。夢を奪われた体は急激に力を失った。
 いや、夢をぶっ壊されたせいではない。何だかよく解らないが体が変だ。
(……あれ……? 俺、何かおかしくね?)
 あれだけ青くなって冷たくなっていたはずの体が、熱い。もっと細かくいうと、鳥肌がたたない。
 おかしな事態に首を傾げそうになる徴矢に構わず、男は徴矢の口を深く貪った。それに驚いて口を開いた一瞬に、男の舌が徴矢の口腔へと侵入する。思わず歯を閉じようとしたが、顎を指で上手く固定されていて、残念ながら男の舌を撃退する事は出来なかった。
 無意識的に瞠目した徴矢に男は嬉しそうに目を細めると、その舌で好き勝手に徴矢の口の中を犯す。敏感な口蓋を舌でなぞられ、奥の奥まで触れようと舌は伸びてくる。
 苦しくて咽そうになってくぐもった声を出すが、男はそれが嬉しいとでも言うように更に口腔を弄んだ。己の舌すらも絡めとられ、その唇で激しく吸われ、どうしようも出来なくて口の端から唾液が零れる。そのぞくぞくとする独特の感覚は次第に酷くなっていき、ゆっくりと解放された頃には、徴矢は頭がぼやけて何にも出来ない状態にされていた。
 ただ空気が欲しくて、肩で、胸で思い切り呼吸をする。
 むずむずと熱くなる体の芯は、最早冷たくなる事などなかった。
 それがどんな感覚なのかというのは最早男なら解り切った事で、徴矢はせめてそれだけは避けたいと腿と腿を引っ付けて必死に襲い来る感覚を断ち切ろうとする。だが、男にはそんな浅はかな行為など既に予測できていたようで。
 一度徴矢から退くと、男は改めて仰向けにされている徴矢をまじまじと見つめた。
 同じ男にこうなっている所を見つめられるという事に、酷く羞恥を覚える。
 しかしその羞恥は更に体を熱くするようで、困ったことに足の間のものは更にとんでもない事になっているようだった。
(ああ、このシチュよく見たなあ……ありえねーとか思ってたけどこう言うのってマジなんだなあ)
 とは思ってみるが、頭はちっとも冷静にならない。
 それ所か肩で息をする間隔が増してきて、これは流石におかしいと徴矢は眉根を寄せた。
「気付いた? だから言っただろう。僕に魅入られたら、誰でも気持ちよくなる……って」
「ま……まさか……媚薬?! 秘術!? エッチになる魔法とかか!?」
 どんどん阿呆な答えになる徴矢に微笑みながら、男はうんうんと頷いた。
「エッチっていうのが良く解らないけど、まあそういう事かな。だから、これからはもっと気持ちよくなれるよ……。安心して。まだ痛いことはしないから」
「おま、ちょ、“まだ”ってなんだ! “まだ”って!!」
 慌てて顔を上げる徴矢だったが、もう遅い。
 男は嬉しそうに閉じた膝に手をかけると、いとも容易く簡単に足を割り開いた。
「ほら、きちんと気持ちよくなってるでしょ?」
「っ……この、アホ……マジ死ね……!」
 気持ち良くなってるかなってないかなんてそんなの関係ない。兎に角今は恥しさが理解の優先順位一位だった。漫画の美少女がそんな事をされているのは大いに結構だが、現実の、もっというと男の自分にそんな魔法をかけるだなんて言語道断だ。明らかに特殊趣味だ。
 そんな特殊趣味の男にこんなことになっているだなんて、徴矢としてはかなりのショックだった。
 エロい方の「悔しい!」ではなく、本気で普通に悔しい。
 その悔しさゆえに赤くなる顔を男は相変わらず嬉しそうな笑顔で見つめながら、ぺろりと舌なめずりをした。どこか艶を感じるその行動に、思わず心臓が大きく脈打つ。よく見れば、その笑んだ目の奥の瞳は、ちっとも笑いなど含んでいなかった。
 これは……多分……。
(獲物を狙う獣っていうか……)
「久しぶりに可愛いコに当たったなあ……。前髪がちょっと長いのも、こんなに白いのも、すぐに術に掛かり易いのも……全部僕好みだ……。掟なんか無かったら、すぐに全部奪いたいよ」
「…………へ……へんたい……」
 もう台詞が普通の人間の言う事ではない。
 思わず口をついた子供のような罵り文句に、男は大いに口を歪めた。
「いいなあ……たどたどしい悪態も、とっても可愛い……。本当に、君って可愛いよ……」
(もう男を可愛いとかいう時点でコイツ頭逝ってるしいいいいいいい)
 手足が動かせない上に、相手は変態の特別クラスで、自分は全裸。最早この事態から逃れられる術はどこにもない。まさに今、絶体絶命だ。
「大丈夫、今からもっと気持ちよくしてあげるから……」
 言って、男は徴矢の勃ち上がりかけている自身に優しく手を伸ばした。
「あっ、やめろっ……! ちょ、やだ、擦るな……!」
 慌てて手を動かそうとするが、依然手は魔法的な何かで固定されていて動かない。
 男は徴矢からの暴行が無い事を充分理解した上で、まるで徴矢に見せ付けるように徴矢の自身をゆっくりと擦り上げ始めた。もどかしくも体を支配するその感覚に、徴矢は顔を歪める。
 男の性というのは解ってはいるが、同じ男にこうして反応している自分の雄にかなりの失望が湧く。それと同時に先程の恥しさが再度込み上げてきて、更に徴矢は追い詰められていった。
 恥しさは、快楽のハードルを下げる。
 いつもエロに囲まれていた徴矢にとってそれは常識だったはずなのに、今こうしてそれを体験させられていてもそれを封じる術は見出せなかった。
 これは自分が童貞だからとかそういう理由ではない。
 もっと業の深い問題なのだ。
 そう自分で納得しようとしても、どうしようもない恥しさと自身を擦られる気持ちよさに徐々に追い詰められていく。
 息切れのように細かく声を漏らし顔を真っ赤にする徴矢に、男はほんのりと顔を赤く染め、荒い息で徴矢の耳元に囁いた。
「初めて感じる種類の快楽への戸惑い、そして恥しさ。それが更に快楽に繋がる……久しぶりだよ……こんなに初心で、甘美な快楽の味は……」
「はっ……っ、なに、いって……んっ……」
 うっとりと囁く男の声でさえ、耳を犯す凶器のようで。
 徴矢は敏感に体を震わせながら、どうしたらいいのかと混乱する頭で考え続けた。
 けれど、結局の所何も思い浮かばなくて。
 次第に煮詰まってくる快楽に、徴矢は嫌だとすすり泣いた。このままでは不名誉な称号が自分に付加されてしまう。その上、こんな変態相手だ。これは自殺してもいい理由になるだろう。
 信じたくはないが、こうなってしまっているのは全て目の前の「悪魔」と自称するコスプレ男のせいだ。こいつが本物の悪魔で、エロ魔法を自分に使われたと思う他、徴矢が救われる道はなかった。
 もし自分が本気で魔法なしでこの男に弄ばれているのだとしたら、徴矢も変態という事になってしまう。それだけは絶対に、家が壊れても、都市が壊滅しても、地球が破滅しても……いや、地球が破滅したら流石にアレだが、兎に角そんなことを認めるのだけは嫌だった。
 自分が一般的にキモいエロオタクだという自覚はあるが、それ以上のレッテルだけは貼られたくない。となると、相手が悪魔だと認めるより仕方ないのである。
 徴矢はぐるぐるとそんな事を頭の中で繰り返しながら、必死に快楽に溺れないように耐えた。
 この際勃ったことは仕方ないとしよう。だが、達するのだけは絶対に阻止したかった。
 けれどそれを簡単に行えるほど男の体が簡素に出来ていない事は、徴矢自身が嫌というほど解っていて。
 必死に歯を食いしばりながら、徴矢は荒い息を繰り返した。
「我慢強いんだね、君……でもこのままじゃ辛いよね? ……大丈夫……僕に身を任せて。その最高の瞬間の味を、僕に味わわせてよ……」
「い、やっ、だ……! っ……っふ……誰が、へんたっ、なんかに……!」
 台詞がさっきから気持ち悪い。そう言おうとするが、我慢出来ないほどの快楽が体を支配している徴矢には最早そんな余裕さえ残っていなかった。
 必死でほんのり色づいた体を捩らせ、徴矢は込み上げてくるその波を必死に押しとどめる。
 だが、それもやはり無駄な抵抗だった。
「さあ……そろそろ、快楽を僕に頂戴……」
 男はそう呟いて、ゆっくりと自身を弄っていた手を一気に早めた。
「あっ、あっぁあ、や、だ、もっ……もう、やめ……!」
 堪らなくなって来て、目尻に涙が溜まる。
 女のような声を上げている自分に更に羞恥が積って、もう何もかもが分からなくなってきた。ぼやけた頭は既に考える事を止め、目先の気持ち良さに酔っている。
 体は送られる感覚に敏感に跳ね、淫らに触れられる自身は蜜をぼたぼたと垂らしていた。
 目の前がうっすらと白くなる。覚えのある感覚に恐れを感じながらも、もう思考は何も考えられなくなっていた。快楽がただひたすら流れ込む。
 次第に喘ぎっぱなしになっていた口からは、唾液が零れていた。
「ほら、いくよ……」
「いぁっ、や、やだっ……あっ、っあああぁ……!」
 その指が先端を強く押し付ける。
 抗いようのないその感覚に、徴矢は目を見開き体を弓なりにそらせた。
 目の前が完全に白くなる。一気に引く快楽の波に同調するように、自身は白い液を迸らせた。
 その液が、腹に、相手の指にぼたぼたと落ちる。
 男は徴矢が達した光景を嬉しそうに見つめながら、笑んだままのその口に精液の掛かった指を含ませた。だが、徴矢にはその光景を見る気力さえない。
 ただあらぬ方向を見てベッドに体を預け、荒い息を繰り返していた。
「うん。やっぱり君の“快楽”の味は最高だ。今まで味わったどの味よりも甘くて美味しいよ」
「っは……はあ……何が……美味しいだ…………この、変態……ホモ男が……」
 息も絶え絶えの徴矢が放った弱々しい罵倒に、男はまた悪魔のように微笑んだ。
 この男、ちっとも堪えてない。それ所か、どこか嬉しそうだ。
「だから、言っただろう? 僕は……」
 その先の言葉をもう解っていた徴矢は、目を閉じて大きな溜息を吐いたのだった。






  
 
 
   





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後書的なもの
 
なんかもう、最初から下品トップスピードですみません…;

2008/06/15...       

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